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管理職が残業を巻き取るのはいいけれど

最近ツイッターで下のような漫画がバズっていた。これについて、「理想の上司!」とほめるコメントと共に、それなりに異論のコメントもついている。私も、私が過去に書いたことに引っかかる部分があったため、少し書いてみたい。

引継ぎの問題

この漫画では、他の課の管理職がいきなり呼び出されて仕事の巻き取りに協力しており、かつ部下の従業員は帰してしまっている。つまり、他部署の何も知らない人間でも十分巻き取ることが可能な程度の仕事で、帰った従業員に聞かなければできないことは特にない、ということが示唆される。この部下には誰にでもできる単純事務がオフロードされており帰った部下に委任されていた部分はほとんどないのだろう(作中描写的にはまっさらな新人っぽいので、それならその通りなのだろうが)。

部下側がそれなりに複雑なレベルの仕事を任され、ある程度の裁量権を与えられていたとすると、その時点では部下しか知らないことがどうしても出てきてしまうので、ヘルプに入った面子に引継ぐには、相応の時間をかけてブリーフィングするか、部下が指示出し役になってタスクをマネージする必要がある。単純事務ではなく、ある程度の裁量権・決定権を与えられているなら、手伝ってもらうにしろ居残って一緒に仕事をすることになるだろう。

もちろんあらゆる仕事の引継ぎを容易にし、管理職の仕事すらも引継ぎ可能にすることはできる。例えば軍隊は、上級司令部と言えど交替で24時間警戒する必要があり、指揮官が死亡することも普通にあり得るという前提のため、指揮官も交代可能なように仕組みが整備されている。ただし引継ぎを容易にするためにあらゆる業務が徹底的にフォーマット化されており、引継ぎがいらないくらい常に連絡を取り合い、上官の命令の順守は徹底していて、クリエイティビティを発揮できる余地は小さい。よほどの使命感がなければ楽しいとは言えない仕事になるだろうし、フォーマット化=硬直化するので市場競争に弱くなるだろう。

このあたりの、「責任が負えると判断され裁量権を与えられやりがいのある高収入の仕事は時短できない、逆に言えば時短できる仕事は裁量権が削られ『いくらでも代わりはいる』安い仕事になる」という話は、Goldin (2014)の研究を下敷きに私もまとめており、これが今回このnoteを書く動機になっている。

そのようなわけで、この漫画に対する反応は、出世意欲が薄い人から見れば「頼りになる上司」だが、意欲の高い人から見ると「上司から見限られて、首輪をつけた状態でしか仕事を与えられていない状態」に見えるので、胃が痛くなったというような感想も多く見られた。実は下の2つのコマは言っていることはほぼ同じく「その仕事を負いきれない人間に仕事を振った自分の責任なので、自分が巻き取る」と言っているのである(右が行きつくと逆K2こと脳外科医竹田くんである)。

右:真船一雄 「K2」第430話 トレード(その3)

納期の問題

上記の「時短できる仕事」の冒頭で指摘したことだが、納期が緩ければ仕事を後ろにすらしていけばいいだけなので残業は発生しない。この納期や締切は、特に間欠的な(一時的な)残業が発生する主要な原因の一つである。

納期の問題は、我々消費者が「欲しいタイミングで欲しい商品がある」ことを強く望んでいる結果でもある。全ての生産者は、消費者が欲しいと思うタイミングに間に合うよう競争しているのである。労働者にとって好ましい残業などのない世界は実現可能だが、その時には消費者である我々も相応の不便を蒙る。その典型例が物流の2024年問題で、トラック運転手の残業などが規制され今のような安価なオンタイムの物流は不可能になると考えられている。ただ、トラック運転手の労働状況はコロナ禍での通販需要の高まりもあって規制強化やむなしと言う状況であったのは間違いなく、我々消費者はその責を負うべきではあろう。

管理職の負荷の問題

この漫画では、管理職側は「自分たちのマネジメントミスなので、自分が責任を取って腹を切り巻き取る」と言っていて、それを「理想の上司」に近い形で描いている。ちなみに筆者は以前に別の部署が労基に目を付けられたために全社残業に厳しくなったことがあり、普通にありうる範囲の話だと思っている。

この話では管理職が巻き取っているが、管理職とまでは言わずとも、新人の教育係くらいは20代で任せられる範囲のものであり、「なんで遅れそうだというアラートを早めに上げないんだ」など嫌な記憶をこじらせたらしき反応もかなりの比率でみられる。

では、自分が管理職になったときに巻き取る気があるか?自分の采配ミスだとして責任取って腹を切れるか?と言われると、「管理職になりたくない」という答えが返ってくるのではないだろうか。

日本は男女とも管理職になりたいという意欲が低いが、同時にその男女比もアジアで最低レベルにある。「理想の上司」は自分の采配ミスの責任を取って残業を巻き取るものとして、残業を特に嫌い時短勤務を希望する割合の高い女性は、そのような管理職のポストは避けるのが一番、となってしまう。女性が管理職を避ける傾向は日本のジェンダーギャップ指数悪化の原因の一つだが、筆者はジェンダーギャップ指数は改善すべきと考えているので、女性にも責任を負って腹を切る覚悟を持ってほしい、と思っている。

管理職の奥さんの問題

残業をするならば、子供の面倒などは見られない。残業を巻き取っているということは、少なくとも子供の面倒を見る必要がない人たちであろう。そして、ここで仕事を巻き取っている管理職たちは、全員男であり、作中の描写的にはすでに子供が巣立った年代かもしれないが、子育て中から出世していくなら配偶者を主婦・主夫になってもらう必要がある。

この漫画は暗黙に、残業を巻き取るのは男の仕事で、その配偶者は主婦という、性役割分業のプロモーションになってしまっている。仕事を巻き取るヘルパーが女で暗に主夫のいる大黒柱である、というものでもよかったのではないか(まあ、どのような作品を書こうが外野が強制できるものではないが)。ただ、家に帰されるのが女性であることを含め、露骨な慈悲的差別があるなあ、とは思ってしまった。


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