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左手が雨ざらし

noteを開くのは20日ぶりであった。
この2週間超、息子のヒトメタニューモ感染Again(2年ぶり2度目)、初の家族旅行in大分、ヒトメタニューモの壮絶な看病疲れそのままに突入した家族旅行で年甲斐もなくはしゃぎまくって旅行後夫婦そろってダウンと、様々なことがあった。

結婚して10年目、息子である福太郎が誕生して5年、我々は先週末とうとう念願の初・家族旅行を決行した。

これまでも2度ほど計画したことはしたのだが、いずれも旅行日直前、狙いすましたかのように息子が発熱し泣く泣く取りやめたという経緯があった。

思えば人生初のヒトメタニューモ感染も、家族旅行直前に発症したのだった。

職場の上司や同僚に「息子がヒトメタニューモに感染しまして」などと報告をすると、小さなお子さんと接する機会の少ない方たちは高確率でその病名の厳つさに「なにそれ怖い!」という反応を返される。

名前のインパクトほどではないがヒトメタはインフルエンザ並みの高熱と、RSウイルス感染時並みの呼吸器症状(激しい咳)を兼ね備えた嫌なハイブリット野郎で、一週間近く症状が続く。
うち3割くらいが重症化してしまうらしく、気を抜いていると医者から突然入院を勧められたりして、なかなかスリリングな体験をすることになる。

かかった本人も高熱や咳などで体力が消耗し、大変可哀そうなのだが、看病する側も地獄だ。明け方、白み始めた窓を淀んだ瞳に写し、人生というものの思いがけない過酷さに涙が頬をつっと伝うことも一晩や二晩ではない。

今回も旅行の10日前にヒトメタの診断を受け、旅行へ行けるかどうかギリギリのギリの攻防戦であった。
ギリギリのギリの勝負にギリで勝利し我々は念願の家族旅行に出発したのだが、当然、直前まで続いた看病による疲労はこの世に生まれて出て40年の肉体にしっかり蓄積している。
それなのに人生初の家族旅行という一世一代の大イベントに我々夫婦のアドレナリンは事件事故レベルの大量放出で、旅行中15キロ(息子)を抱え走り、笑い、飛び回り、あれやこれやと食べまくった。

帰ってきた翌日までは、アドレナリンの残滓によって私は生かされていた。
我が胃腸が一切の活動を止めたことを感じたのは、その翌日のことであった。
胃腸は私に、今度しばらくの期間一切の固形物を受け付けない強固な姿勢を示した。

そこから丸4日、灰色の顔面で野菜スープと少量のお茶漬けを啜ることで命をつなぐこととなった。

私はもともと虚弱な体質で、そういう自分を誰よりも正確に理解していたため、あえて木曜日と金曜日に有休をとり、平日に旅行を楽しんだのだ。
大分に一泊し、金曜夕方に帰りつく。翌土曜日曜で旅行疲れを癒すという盤石な構えでスケジューリングをしていた。

わざわざ平日に2日も有休をとった身としては、旅行疲れがいくら深刻なものであったとてさすがに月曜日「体調不良でお休みを」などとは口が裂けても言えない日本人。
命と引き換えにしても一週間出勤し続ける決死の覚悟であった。

そして、その一週間が今終わった。
社会人生活史上最高にしんどかった一週間であった。
木曜日に時間差で夫が発熱する(疲労で)アクシデントというか、当然というか、まあそうなりますよね、というイベントもなんとか乗り越え、お母さん、私はまた一つ成長しました(してない)

話は代わりますが(実はこっちが本題のつもりでした)、最近私の左手が空いているんですよね。
みなさん、自分が幼児の頃の記憶ってございますでしょうか?
赤ちゃんや幼児って、うまく眠れないんです。
なんか眠るのが怖いらしいんです。
眠るのと死ぬのがイコールだと勘違いしちゃうんですって。
それで、眠くて眠くて限界なのに眠りたくなくて(眠れなくて)ぐずったりするらしいんですね。
…そういう眉唾ものの迷信があるんです。

それでなのかは知りませんが、幼児ってこの時期、寝る時に何か安心するものを身近に置くことに執着する子が多いのです。

それはお気に入りの毛布だったり、ぬいぐるみだったり、母親の髪の毛を触ることだったり(幼児期の私)、母親のパジャマのボタンを握ることだったり(幼児期の妹)いろんなバリエーションがあります。

福太郎の場合は私の左手に執着してまして。
寝かしつけの時間帯に限って言えば私の左手の所有権は私ではなく息子にあるのでした。

酷い時は眠りにつくまでの3時間あまり、私の左手を握ったり、つねったり、爪の感触を確かめたり、人差し指の関節を逆に曲げたりし続けているんですね。

可愛いな…なんて思うのは最初の30分が限度。

一時期は指をひねり続けられて万年突き指状態でございました。

それがですね、最近私の左手が空いてることに気付いちゃいまして。
福太郎を観察してみると、彼、最近寝る時に枕の下に腕を差し込んでいるんです。

奮発して買った私のエアウィーヴのまくらに小さな頭をちょこんと乗せ、腕を枕に差し込み小さい背中を母に向けうとうとしているその姿。
眠ることと死ぬことは別物なんだと理解し、ようやく安心したのかもしれないなぁなんて思ったり。

私の左手は息子にとって既に必要なくなってしまったのに、左腕を息子に差し出す癖と習慣だけが私に刻まれてしまった。

私の差し出した左手は哀れ雨ざらしである。

それでも眠りに落ちる前、ふと私と目が合うと、福太郎の顔には喜びが満ち溢れる。
これまで生きてきた中で今、目が合ったこの瞬間が人生で一番嬉しいです、みたいな顔をしてくれる。

息子に枕を取られたせいで、安物の枕で首筋を何度も痛めていることなどその瞬間に忘れ去る。

「無償の愛」は母親が子供に注ぐ愛によく例えられるが、本当は幼少期の子供が親に向けてくれる感情のことだという説を私は強く支持したい。

一切の躊躇も僅かな陰りもない全力の信頼と愛情は、子供が小さいほんのひと時、どんな親にも等しく差し出される。

私のような未熟な母親にもしかり。

せめてそれを真正面から受け取れる人間でありたいと思わずにいられない。



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