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卒後15年 桑田京子38歳、独身である

<南木佳士さんの「医学生」文芸春秋・98年7月10日第1刷> 

秋田大医学部を志望していた女子高生がいた。何か読む本があれば…ということで、私は南木佳士さんの「医学生」を貸した。青春小説を読むことで、受験勉強中の息抜きになれば幸いと思った。

新設2年目の秋田大医学部に集まった医学生。車谷和丸は東京で開業している医院の長男、桑田京子は信州の野菜農家の長女、小宮雄二は新潟郡部の町の旅館の二男、今野修三は千葉の高校の物理教師、28歳で妻子があった。

2年間の教養課程を終え専門課程が始まる。人物解剖に外来実習、失恋に妊娠、患者の死に悩みながら生き方を探っていく。医師国家試験までの過程と、4人の卒後15年を書き込んでいる。

和丸が班のトップを切って問診用の椅子に座る。「どこが具合悪いのですか」。77歳の老婆は「めまわりさしてたごつがねばあるげねもの」。めまいがするということは分かった。「たごつがねばって、なんだろう」と、和丸は考え込む。

老人相手の問診で実力を発揮したのは雄二。「んだすな」「んだか」と絶妙なタイミングで合いの手を入れ、その発音も正確。雄二の書くカルテはまとまっている。ほかの3人は、人間が人間を診る。問われるのは診る側の人間性であり、テストの成績でも講義への出席率でもないということを実感する。

そして…卒後15年

和丸は午後、老人患者のいる家庭を往診して回る。東京の片隅で地方出身の老人患者の往診をしていくことが、あの地方大学の医学部を出た自分には一番合っている生き方なのではないかと思っている。車谷和丸、39歳。卒業以来、秋田の地を訪れていない。
 
京子は信州の総合病院で内科の研修医となる。学生時代に夏期実習し、上田医長に世話になった病院で5年間勉強。その後、故郷の診療所で働く。夏休みは町に下がって上田と酒を飲もう。それが京子の目下の楽しみである。桑田京子、38歳。独身である。

雄二は市立病院の外科医長。医学生の時、酒場の娘百合子と付き合う。母に百合子の妊娠を報告する件。「いくつだと」「30…」「体は丈夫か」「ああ、丈夫だ…」。すぐに結婚。小宮山雄二、39歳。息子は今年秋田大医学部を受けて落ち、東京で浪人中。

修三は8年目に講師に。10年目、教授の定年を機に大学を辞める。千葉の漁村の病院の院長を断わり、内科医長に。夫妻のやり取り。「受験生の時代にもどれたら」「医学部かな」「また秋田に行くの」「秋田ねえ」。今野修三、48歳、老眼鏡をかけ始めた。

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