見出し画像

やっぱり僕は、どこか期待をしてしまう。

期待とは、未来の感情を前借りすること。

「自分の実力を認めてほしいな」とか「出来を褒めてほしいな」とか。

自分ではコントロールできない他者の感情や行動まで想いをはせて、自信を欲してしまう。

そして、想像した未来とは違う現実がやってきたとき、落胆して心を地面に叩きつけられる。

前借りした自信の返済を迫られて心に残るのは、淡い絶望。


これまでだって何度も経験してきたこと。

苦い思い出なんて山ほどある。

それなのに、今でも心のどこかで期待をしてしまう自分がいる。

卑しさを目の当たりにして、嫌気がさした。


今日の日記は、この日記の続き。

今、ある企業のライター募集に応募して、テストライティングをしている。

昨日記事の構成案を提出して、今日そのフィードバックが返ってきた。

ドキドキしながら頂いたコメントを確認する。

最初に浮かんだ感情は、想像とは違う指摘内容への落胆だった。


ー初めてのわりには良く出来たほうなんじゃないかなー

完成した構成案を送信するとき、内心ではそんなことを考えていたと思う。

過ちは2つ。

自分の実力を過信したこと、そして、相手に期待してしまったこと。

まるで自分は天才であるかのように錯覚してしまい、凡人であることを忘れてしまった。

そして、天才へ贈られる賞賛を期待して、自信を手にした気になっていた。


フィードバックが与えてくれた落胆は、僕を現実逃避へと誘う。

(やっぱり僕には無理だったのかなぁ…)

前借りした自信を剥ぎ取られ、不安が頭にこびりついて手が止まる。

これまでだったら、その後の時間をYoutubeのサーフィンで棒に振って、時間を浪費したことの後悔を明日へと引きずっていたと思う。

ただ、今回は少しだけ変化があった。

(今日は一旦放置して、明日冷静さを取り戻した時にもう一度見よう)

この考えは功を奏したと言える。

習慣化したマック通いのおかげで、現実に焦点を合わせることが出来た。


さて、ここまでで卑しさは全部書き記した。

僕は凡人。

大切なことを思い出せた。

やることは1つ。

フィードバックを吸収して、より良い記事を書き上げること。

もう落胆はしない。

前を向いて、チャレンジの続きへ向かうだけだ。


最後までご覧いただきありがとうございます(^^♪ とりとめもない日記ですが読んで頂けてたまらなく嬉しいです! 明日も更新するので、足を運んで下さると嬉しいです(^^)