御中 the ORIGIN

友人と話したとき、おそらくワイの人格を形成したであろう出来事が思い出話として出力されたので、備忘録としてメモ

(クソ長いかも)

自己は他人から観測されて初めて自己となるのかもしれませんね。

かしこ




プロローグ

最近の話

友人Aは、他人の名前と誕生日をめちゃくちゃ覚えてるらしい

しかも仲のいい友人とかでなく、友人のおばあちゃんの誕生日とか、友人の彼氏の誕生日とかまで記憶に結びついてて、「おばあちゃん最近誕生日だったよね?元気?」とか連絡できるらしい


凄すぎん????

スゴ・スンギ/世界びっくり体操2023



対するワイ
・親の誕生日をそもそも覚えてない(本当)
・中学高校専門学校のクラスメイトの誕生日どころか顔と名前をほぼ忘れている
・学生当時、クラス移動など一緒にするタイプの友達がいたはずだが、「いた」こと以外、顔と名前をほぼ思い出せない
・そもそも人間そのものがうっすら嫌いなため、あまり関わりたくない

コミュニケーション能力の通知表があったら、でっかく「×」をつけられてそうですね 毛筆で


ちなみに親の生年月日は覚えておかないと結構聞かれる(毎回困っている)



友人A曰く「誕生日は話のきっかけになるし、人との繋がりに使えるから覚えてる。覚えてれば相手も喜んでくれるしね」と。


それを聞いてワイは正直、

ワッ…エェ…?

フ!


となりました

・人との繋がりはなるべく少ない方がいい
・人と関わると大抵碌なことにならん
・自衛のためには深く関わらないが吉


という、改めて書き出すと「陰」がここに極まれりといった思考なので



なんでこんな考え方になってしまったのか
過去の記憶を紐解いていくと、わかってくることもあるのかもしれないね


歴史の旅に


いざ






ワイ 小学生

ワイがまだミニサイズだった頃
そう、ワイにも小学生の頃があった


3歳差の姉がいたが、とんでもない生き物だった(当時)


当時2000年代初頭、家には家族の共用パソコンがあった(Windows vista)

中学生の姉は毎日、パソコンで手描きブログを更新し、Skypeで通話しながらタカミンお絵描きチャットで絵を描き、「復活」「BSR」「D灰」のバナーリンクサイトを巡回していた(意味はわからなくて良い)


姉に「パソコン使わせて」というと、決まって「今日は無理だから明日」と言われた。

次の日も、その次の日も、帰宅すると姉はパソコンに向かっていて、「今日は無理だから明日」と言われた

つまり、姉のいる時間はパソコンを使えないということだった。


そして姉は割といつでも家にいた。



自室にいると、姉の通話する笑い声が聞こえてきて、悔しくて枕を殴るだけの日々が続いた。


行き場のない怒りは、やがて「こんな気持ちになるのは、パソコンが存在するからだ」という哲学的な方へと変化していった。

「パソコンなんて初めからなかった、自分にとって不要なものだった」と思い込んだ時、ようやく気持ちが晴れ晴れとした。


「世の中にかけがえのないものなんてない。すべてものは執着する必要のない、あってもなくても変わりないものである」


ワイは小学生にして、悟りを開いていた



ワイ 中学生

ワイがまだミドルサイズだった頃
ワイは中学生になった

結構でかい中学で、1学年7クラス230人くらいいる、田舎の中学だった



そしてめちゃくちゃいじめが横行していた


いじめが横行というより、人間の母数が多いのでクラスには大抵1人以上「悪目立ちする馴染めない奴」がいて、そいつらが人柱として笑いの食い物にされてた



いじめられてる奴はいろんな種類がいて、
「不思議系」「不潔人」「正義面」「馬鹿」「ナルシスト」「中二病オタク」
大体この辺だった

特に「不思議系不潔人」みたいなコンボが決まると、プリントを渡した後に笑いながら手を洗われたり、掃除で机を運んでもらえずその列ごと遠巻きに放置されたり、〇〇菌としてタッチでリレーされたり、すれ違った後に悪意のモノマネで存在消費されたりしていた。


よくあるやつだね〜


あまりにも当たり前にそれが行われてたので、教師も止めないし、いい奴も、嫌な奴も、誰しもその状況を当たり前に受け入れていた
(殴る蹴る捨てるみたいなのはあまり見たことない)


気持ち悪いね〜



当時のワイは加害側の子とも、被害側の子ともまあまあ仲良くしてた
ただ正直なところ、実際虐められてた奴は、ヤバい奴も多かった


・エロコンテンツと萌え漫画の話しかしない奴
・ニキビ潰して机になすりつけ、くしゃみで手についた鼻水をそのまま食った奴
・昼休み、教卓で自作曲のリサイタルする奴

など


ここで手紙を読みたい


いつも保健室にいて、放課後だけ、ワイしか残ってない時だけ教室に来て話をしてくれたクルミちゃんへ


綺麗な折り鶴を見せてくれた、尻尾を引っ張ると羽がパタパタするタイプの鶴だった


「折り紙できないからすごいね」っていったら、嬉しそうにして「また折ってくるね、これあげるね、他に欲しいのあったら教えて」って言ってくれたよね



ごめんね



本当はいらなかったです


担任の先生に、「お前がいるなら学校に行けるかもって言ってたから、仲良くしてやってくれ、気にかけてやってくれ」って言われてたんだ



丁寧に作られたパタパタ鶴も、手裏剣も、コマも
3年くらいは自室の隅で埃かぶって、捨てれんかった



迷いなくゴミ箱に入れられれば良かったんやけど


捨てられなかったし、「いらない」とも言えなかった

1番事なかれ主義なのはワイだった



虐められてた羽鳥くんへ

机にフケを撒き散らかして「美容気にしてるから、授業中もヘッドスパw」と言って周囲から「ヘッドスパ」と呼ばれていたよな

そこまで仲良くもないのに、勝手に2人で東京ディズニーランドに行ったと周囲に言いふらしてたよな

毎日夜になると家電に電話してきて、2時間くらい自慢と聞き齧りのネットの知識を読み上げてきたよな


東北かどっかのお土産をゆうパックでうちの住所まで送ってくれたよな



迷惑だって言えばよかったよな
ゆうパックで送られてきた、スイカ味の和菓子(2箱)、まずかったよ
お菓子と一緒に入ってたよくわからんご当地ストラップ(3個)、いらんし3個は多いよ

毎日、着信の音が怖くなったし、住所も知られていたから(一度年賀状を交換した)、無視したら休日家の前に立ってるんじゃないかと震えた

長電話の話はクソつまらんかった

「迷惑だからもうかけてこないで」っていったら、それ以来一度も電話は来なくなった



クラスの明るい女の子達へ
いつも数人で集まって楽しげに話していたね



彼女達の友人の1人が、テニス部の男の子と付き合ったらしい
今週末は、ショッピングモールでデートするんだって


そこで彼女達は10人単位で連れ立って同じモールに行き、2人のデートする姿を探して、囃し立てて、学校のあらゆる人にデートの詳細情報を流した(その2人をよく知らないワイすら知っていた)

その子達はすぐに別れた



純粋な邪悪の塊のような女の子達は、表面上はワイに優しかった

でももうワイの人間不信の地盤は固まっていた



人に不用意に近づくと、本当に碌なことにならん
最悪だ


そう思い知ったのが中学の3年間


ワイ 高校生

ワイはまあまあラージサイズの
高校生になった

高校の人間関係は驚くほど平和だった


女子校だった上にやや進学校だったこともあり、お互いがお互いの距離を把握していた


お互いに執着せず、顔を合わせれば仲良くするけど私生活に踏み込むでもない、程よい距離感


ワイの人間不信は少し快方に向かったかに思えた



しかし、ハードすぎるスケジュールの部活と勉強、受験のストレス、将来への強い不安により、気づくとワイは心を病んでいた





「高校以前の記憶はないです」と言い続けてきたけど、別に面白くもない記憶ですたね


こういうのって、良い記憶に限って綺麗さっぱり忘れたてりするんだよな〜



大人になってよかったと思うことは
コミュニケーションがうまく取れなくても
とりあえず働けていればつつがなく生きていけることです



終わりです



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読んで合わないと思った方は
こちらからお帰りください…












読んでいただきありがとうございます
ここまで読んでくれた方に感謝を込めて…(微笑)
pass:NAIDESU

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