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わたしはオトナなので。

「ねぇ、あそびにいきたい」

と、画面のむこうのひとが言う。
そーねぇ‥‥という生返事に
ちょっとムッとしている気配を察知して、
「じゃあさ、来れたら最初に何して遊ぶ?」
と話題を変えると、
「こうえん、いく!」
という即答。

また公園ってゆう!
せっかくなら海とか行こうよ。
公園はいつでも行けるじゃん。
夏に外は嫌だ!と
一気に沸くオーディエンスを
今度こそ本当にキッとにらみつけて、
「いいの!」
とさけぶ主人公。
「ね。」
とまっすぐ笑いかけられて、
好きねぇ、公園。
と笑っちゃいながら、
頭の隅で
前にこのちいさい人が
遊びに来た時のことを思い出す。

不要不急が
べたっと蓋をしていた去年の夏。
いとこが亡くなって、
遠方に住む兄が
葬式は遠慮したけど
墓参りくらいはしたいんだ。と
短い帰省をしてきた。
出勤日だったので同行できず、
ちょっと残念だったなぁと思いながら帰宅すると、
ウチまででも遠いのに、
さらに2時間かかる田舎まで
車で一気に行って帰ってきた兄夫婦は
ソファに折り重なってぐったりと横になり、
久々の愛孫の訪れに
前の晩からなんらかの脳内物質を
放出し続けていた父は
ブツンと糸が切れたような格好で椅子に座って
天井を見上げるようなカタチのまま眠りに落ち、
淡々と夕飯の支度をする母の足元で、
ちいさい人はつまらなそうにピアニカをくわえていた。

ただいま。
と声をかけると、
あきらめまじりのファが返ってくる。
よくきたね。

1日車でつかれたでしょう。
ファ ド#
ちらりと目線だけこちらにくる。
横にしゃがむと、
ぷい。と反対側に顔をそらす。
とんがった口。
「ちょっとだけ海に行ったんだよねぇ」
という母の声にこっくりうなずいて、
ふき口をくわえたままの人は
「チョット、ね」
とつぶやく。
ホースの横からぷすーっとため息が漏れる。
あらら、
今日はたくさんがまんをなさったご様子で。と
母に目配せをすると、
ハナレナイノと口が動くので、
これ以上ご機嫌を損ねないように、
マスクの中で
ニヤニヤゆるんでいた口をぎゅっと結びなおす。

時計の針は18時半で、
外は、まだ明るい。
ぜったいにそっちはむいてやらないぞ
という、ほんのちょっぴりの
いじわるの気配がただよう後頭部を撫でながら、
丸まったくせっ毛を
指に巻きつけてひっぱって、
ちいさく、
「まだお外で遊べますかね?」
とささやいてみる。
こちらに向き直った目は不信感たっぷりで、
すぐ鍵盤に視線を落として
「もうごはんでショ」
と短く切られる。
まあね。
でも、おなかすいてる?
「んーん」
みんな寝てるねぇ。
「うん」
ね。
まだ遊べんじゃないかな?

「虫よけ、スプレーしてきなさいねー」
というのんびりした声と野菜がコトコト煮える音に送られて、
手をつないで家を出た。
ほとんど走るようなスキップ。
「もうねぇ、ごはんのじかんなんだよ!」
だめだよねぇ!
と、ぜんぜんだめじゃない声で。
大きな公園に人影はなくて、
「ひとりじめだ!」
というカン高い叫びが
隣のアパートに反響してぅわんと広がる。

乗れないサイズの遊具に
「のって!」
と言われて断ったり、
いつ始まっていつ終わるかわからない
オンステージに合いの手を入れたりすることしばし、
わりと早い段階でバテたわたしを叱りながら、
ちいさい人は
夢中で走りまわっている。
小さなすべり台の影に身をひそめて
呼び出されるまでの時間を稼ぎながら、
ふ、と電灯で照らされていない公園のスミが
いつの間にかとっぷり暮れていることに気づいた。
帰ろう
と声をかけるつもりで立ち上がったのに、
「みつけたー!」
と叫ばれて、
「おいで!」
と呼ぶ声が迷いなく、明るく、
わたしがノコノコついていくのを
かけらも疑わずにまっすぐ走っていくので、
なんだか、まあいいか。
と思えてしまった。
夕飯を終えたのであろうアパートの住人が、
ベランダに出てきてぷかりとタバコをふかしだす。
この公園の、どこがそんなに良いんでしょうねぇ。
煙で輪っかを作るような気分で、
ポンポンと頬を掻きながら
のんびり後をついていく。

ちゃんとついてこない
よくないオトナに抗議をしに一旦戻ってきて、
またつむじ風のようにわーッと走っていった人が、
遊具と遊具の間で急に立ち止まって動かないので、
なんかあったかな?
とちょっと急いでそばに寄ると、
真剣な顔で空を見上げている。
視線の先には一番星。
暗いことに気づいてしまったようだね。
でもいいよ。
もう今日は帰ってこいって電話が鳴るまで遊ぼうぜ。
とことんまでつきあうさ。
という気持ちをこめて笑いかけたのに、
あっさり
「かえろっか」
と手をつながれた。

いつもよりぎゅっとつかまれた手に、
ちょっと心細いんだな。
と納得しながら、
ゆっくりゆっくり歩く人にあわせて
ゆっくりゆっくり家に帰る。
ちょっと離れたところから水門を見てみたり、
咲いている花の名前を一緒に考えたり。
そこの横のくぼみに鴨の巣があるよ。
こうするとコウモリが飛んでくるの知ってる?
そんなたあいのない話をしながら、
ずっとつながっているちいさな手の人のことを考えていた。
もう腰をかがめなくても一緒に歩けるんだもんな。
字も絵もピアノもずっと上手になるんだろうな。
次に会う時には、手をつなぐ必要もなくなってるのかな。
ごわっと手に触る吸いダコの名残りが、
なんだかとても、
とても大切なもののような気がして、
じっとみつめて嫌がられる。
あんなになかなかつかなかった公園から、
あっという間に家に帰ってしまった。

あーあー。
会いたいなぁと本当にいつも思ってる。
オトナなので、あんまり口には出さないけれど。
『こうえん』に、また一緒に行くと約束はしないけれど。
ぴたりと貼りついてきていた手のひらも、
砂のざらつきが残っていた指先も、
わたしが覚えているよりずっと大きくなったことでしょう。
大きくなったあなたは、
あの公園でどんな風に遊ぶのかしら。
そんなことを考えながら
ぼんやりしているわたしを、
画面の向こうの人は
うれしそうに
キンキンした声で叱る。

ほんとはさぁ、
会うのがちょっとこわいんだよ。
こんなに長く会っていなくても、
あなたは当たり前の顔をしてわたしの手を引っぱってくれるのかなぁ。
こうえんは、まだちゃんと楽しいところかなぁ。
『ばいばーい』
と明るく言われた後も、ぐずぐず通話を切らないでいるのは、
さみしいからだよ。
1日でもはやく会いたいなぁ。
ひとめみるだけでもいいから会いに行きたいなぁ。
明日になったら、
ひょっこり遊びに来てたりしないかなぁ。
そんなことを考えたりもしているよ。
口には出さないけれど。

オトナだからね。

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