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ウナイ・エメリは無能なのか?〜ビジャレアル新監督が久保建英にもたらせるもの〜

22年のヴェンゲル政権を終え、新たなアーセナルの未来を任された戦術家ウナイエメリ。しかし彼のイングランドで成功を収めることはできなかった。なぜ僅か1年とちょっとで退任することになってしまったのか。ビジャレアルの監督に就任することが決定し、久保建英もビジャレアル移籍がささやかれるこのタイミングで彼のアーセナル時代についてつらつらと書いていこうと思う。

まずは時系列でエメリのアーセナル時代を振り返っていく。

エピソード0 ~Wenger Outから就任まで~

ヴェンゲル晩年はとにかくカオスだった。時折光るプレーを見せるものの、軽率な守備でゴールを献上し、格下に足元をすくわれることも少なくない。Same
Old Arsenal。スタンドには「Wenger out」と書かれた紙を掲げて変化を求めるファンも多かった。アーセナルさらにはサッカーとは全く関係のない場で「Wenger out」と掲げるネタみたいなことも起きるようになっていた。SNSでも毎年のように監督交代すべきという意見が見られた。

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そして18年春、ヴェンゲルの退任が決定。印象的なスピーチなど22年を支えたレジェンドとの別れは感傷的なものとなったが、現実を見れば変わるべきタイミングだったのかも知れない。個人的には今振り返ればあと数年…などと頭をよぎることもあるが、あの時は自分を含め、ヴェンゲル本人もフロントも選手もファンも、変わることを望んでいたと思う。

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ヴェンゲルは人間的に優れ、選手を愛し愛され、多くの栄冠を手にした。見る人を楽しませるパス&ムーブのフットボールで一時代を築いたが、自らのスタイルを貫き相手のやり方など意に介さない戦い方はだんだんと通用しなくなっていた。昔と比べ移籍金の高騰やスタジアム建設費、スカッドの質など他にもたくさんの環境要因もあったと思う。

そんなヴェンゲルの後任として白羽の矢がたったのが戦術家ウナイ・エメリ。現アーセナル監督のアルテタやアッレグリなどさまざまな後任候補のうわさが上がったが、その椅子を勝ち取ったのはPSGを退任したばかりのスペイン人指揮官だった。理由としてはEL3連覇の実績、全権を持たずにあくまでヘッドコーチとしての役割を受け入れたこと、面接でナイルズなど若手選手を活かす道を熱くプレゼンしたことなどだったと記憶している。

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エピソード1~22戦無敗と上々のスタート~

エメリにとって初とプレミアの舞台。サッリのように通訳を介さず、つたないながらも英語で奮闘した。開幕から2試合はシティ、チェルシーに連敗したものの、その後は12月まで無敗。上々のスタートを切った。レスター戦の「あのゴール」やノースロンドンダービーの勝利はエメリ政権のハイライトと言える試合を見せた。

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ゴールが決まってもめったに感情を爆発させないタイプだった前任者と異なり派手なガッツポーズなどでチームとファンを盛り上げた。それ以外にも、期待の若手枠で獲得したミスリンタート案件ゲンドゥージをいきなり先発で起用したり、ハーフタイムの2枚替えなど積極的な采配で後半の強さを見せたりした。

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エピソード2~そう簡単にはいかない~

無敗記録が途切れると、シーズンが終了までにリバプールに5点をぶち込まれたり、クリスタルパレスにムスタフィの衝撃的なミスで決勝点を献上したりと苦しい試合を経験した。それでも、チェルシーやユナイテッドにしぶとく勝利するなど光も見せた。

ELでは決勝で敗れはしたものの、ナポリやバレンシアに快勝しファイナル進出を果たした。

18-19シーズンをだけを見れば、それほど大きく「悪い」シーズンではなかった。CL権の4位まではわずか勝ち点差1の70。19―20シーズンであれば余裕で3位の数字だ。もしELファイナルで勝っていれば…、パレス戦でムスタフィのミスがなければ…、アウェイのノーロンでオーバがペナルティを決めていれば…。言い出したらキリがないし、たらればなんて考えてもしょうがないのだが、少し巡り合わせが異なれば全く違う未来を迎えていたのかも知れない。

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エピソード3~悪夢のシーズン~

クラブ史上最高額でぺぺを獲得し、マドリーからセバージョスをレンタルで獲得するなど、今年こそCL権を、と強く意気込んだシーズンだったが、結果から言えば最悪のシーズンになってしまった。

エメリ指揮下でのリーグ戦13試合は4勝6分3敗。引き分けが多く、アウェイで勝てなかった。個人的に悪夢だった5節ワトフォード戦。2点を先制しながらゴールキックからの繋ぎに失敗し、点をプレゼントすると、試合を通じて31本ものシュートを打たれ、最下位争いをしていたお隣さんに圧倒された。10節クリスタルパレス戦ではチームの雰囲気の悪さが表面化した最悪の試合となった。主将ジャカが交代で下がる際、ファンからの野次に反応し、罵った。試合は2点を先制もPK献上などで追いつかれ、ソクラティスが終了間際にゴールネットを揺らすも謎のVARで幻となった。試合後、ジャカは主将を剝奪されるなど、ピッチ内外で悪循環が止まらなかった。

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プレミアは13節のセインツ戦を最後に、ELグループステージでフランクフルトに鎌田大地の2ゴールに沈みロンドンの地を去った。

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余談だが、私は上記の2試合を現地で観戦していた。前者はなんとか引き分けに持ち込むも、ラカゼットの劇的同点ゴールにもスタジアムは大喜びするよりも「ああ、決めちゃったか…」という雰囲気が漂っている様に感じた。それはゴールを決めたラカゼットも同じく。試合後には「We want Emery Out!」コールが多く聞かれた。


エメリのアーセナル時代の変遷は以上の通り。これからはつらつらと個人的なエメリ評を。


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結論から言えばエメリは決して無能な監督ではないと思います。むしろ、率いるチームによっては世界でも有数の監督だと思っています。

エメリの強み

「駆け引きのうまさ」

エメリの優秀さはなによりも「駆け引き」に見られると思う。自チームの手駒の特性と相手の手駒の特性から、勝つ確率が高い方法を選択するのが抜群にうまい。自身もカメレオンサッカーと表現するようにフォーメーションも相手や試合状況に応じての変化を行う。その良い部分が見られたのが、4-2で勝利したホームのノースロンドンダービーとELのバレンシア戦1stレグ2ndレグ。前者では試合中に343→3412→4312に変更しポチェッティーノとのやり合いを制した。後者ではアーセナルの圧倒的な強みであるオバラカを2トップに起用し、スピードに劣るバレンシア守備陣を切り裂いた。

エメリのサッカーで一番的確に表現できている言葉は「肉を切らせて骨を断つ」。基本的にどんな相手にもこの言葉が当てはまる。そしてエメリは「どの肉を切らせてどの骨を切るか」という判断が優れている。上記した2試合でも、ある程度リスクを許容しつつも、ひっくり返したときに自チームの利益が大きくなる戦い方を選択する。ギャンブル色が強いのだが、そのギャンブルがべらぼうにうまい。

ELにめっぽう強いのもここにあると思う。リーグ戦では格下と戦うとき、相手は引き分けでもオーケーな戦い方を選ぶことも少ないくないが、コンペティションの決勝トーナメントは必ず勝たねばならない。アウェーゴールというレギュレーションもあり、わずか1点で戦況は大きく変わる。だからこそ駆け引きのうまさが輝きを増す。バレンシア戦2ndレグ後半、リードしてからも追撃を緩めずオーバのハットトリックで駄目を押した。リスクを負って攻めてきたバレンシアに受けに回っていたならあの時のアーセナルなら守り切れたかはわからない。だからこそ、勝っていながら攻めの手を緩めずダメ押し点で相手の心を折ることで勝利を確実なものにした。相手を諦めさせることほど楽になることはない。

②若手育成

若手育成に関してもある程度定評がある。アーセナルではゲンドゥージを中心にサカも最初に使い始めたのはエメリ下である。PSGではキンペンベをワールドカップ(W杯)優勝メンバーにまで育て上げた。もっと昔に目をやれば、バレンシアで若きビジャ、ダビド・シルバ、マタらを指導した。若手を思いきって使おうという気概はある。またゲンドゥージをみていて思ったのは、ピッチ内がカオスだからこそ自分でどうにかしなければならなくなる。ゲンドゥージにはそれをどうにかしようという負けん気もあるし、カオスだからこそ輝くタイプでもあったので、ダメダメだった今シーズン始めはひときわ活躍していたように感じる。

エメリの弱み

①「ギャンブル失敗」

エメリのギャンブル色強い采配は一方で、失敗もある。ダメ押し点を狙うが故に、逆に返り討ちに合ってしまうこともある。じっくり見てないのでわからないがPSG時代のCLバルセロナ戦もあのような悲劇的な大逆転劇を招くことになってしまったのではないか。毎回がギャンブルなので、格下との試合を確実に勝つということができない。ギャンブルなので失敗することがある。

②積み上げのなさ

また、エメリはシーズンを通して長期的に積み上げていくよりも、1試合、もしくは2試合という短期的なスパンの駆け引きで戦うタイプである。それ故、就任直後からでもある程度戦える。ペップ初年度のように時間をかけて決まり事を仕込んだり、大金はたいてワールドクラスを補強する必要はない。今使えるリソースを活用して、最大限活かせる道を探すだけだ。

逆に言えば、エメリが残してくれるものは「結果」以外はほとんどないといっても過言ではない。よく○○の遺産という言葉がある。ペップが去った後のバイエルンやサッリが去ったチェルシーなどは遺産が少なからず存在すると思う。ビルドアップの方法論やそれを仕込まれ、成長した選手達である。しかし、そもそも「エメリのサッカーはこれ」というものがないので去ったら何も残らない。積み上げがない。だからこそ、結果が出ないと厳しい批判にさらされる。前に進んでいるという実感がファンにも選手にも伝わらないのである。

エメリが久保にもたらせるもの

・出場機会とカオス

ゲンドゥージが成長したようにカオスの中でも信頼して使ってもらうことで、大きく成長する可能性はある。久保は自分でそれを考えられる頭も成長への意欲もある。ただ細かい戦術の動きや決めごとなどが学べるかといったら微妙。もちろん多少は学べるんだろうけど、トップオブトップの監督と比べると全然。ただ、自身で熱望したみたいだし、出場機会は確実に得られるだろう。1年という短いスパンなら間違いなく悪いことにはならないはずだ。

エメリにとって理想的な規模感

失礼になるかもしれないが、ビジャレアルははっきり言ってビッグクラブではない。バルセロナやマドリーという巨人たちがいるラ・リーガ制覇を狙うのは現実的ではないだろう。クラブの目標としてはCL出場権を獲得しつつカップ戦で栄冠を狙うという位置付けになると思う。その点でビジャレアルはエメリにとって理想的な規模感のクラブだろう。加えて、スペイン人指揮官にとって言葉の壁がないというのも大きな要素の1つだろう。もう「good ebening」などと馬鹿にされることもない。してる方がくそだけど。

アーセナルも正直現状でリーグ制覇を狙える立場になかったのは同様である。EL経由でもリーグ経由でもどちらにせよとにかくCL出場によって財政面とクラブのブランド力維持を狙ってエメリを招聘した。クラブにとっても結果が全てだった。だからこそ、結果以外にもたらせるものが少ないにも関わらず、肝心の結果が残せないエメリを放っておくわけにはいかなかった。またピッチ外でも問題を抱えチームとして成立していなかった。エジルの件、ジャカの件などチームとして変化する必要に迫られた。戦術うんぬんの前に「人と人」の関係づくりでうまくいかなかった。まあこれはアーセナルの選手側にも問題はあるし、エメリを招聘したガジディスというハゲが突然ミランに去ってしまったり、言葉の問題があったりと、いろんなことがあっての結果だと思う。単純にエメリにその能力がないとかいうわけでは決してないと思う。いまだにバレンシア時代に指導したビジャなんかには慕われていたし。

中堅クラブを率いて、格上を時折食いながら、格下に時折食われながらリーグ戦中上位を確保しつつ、駆け引きのうまさを活かすことができるカップ戦でタイトルを狙う。そんな規模感のクラブがエメリにとってはベストである。セビージャ時代を含め、駆け引き、ギャンブルがあまりにうますぎて、ビッグクラブに目を付けられたのはお互いにとって幸せな結果を生むことにはならなかった。

PSG時代に監督キャリアで唯一リーグを制しているが、あれほどチーム力に差があるからこそだと思う。なんならあの戦力で1度モナコに水をあけられている方が問題だと思う。

まとめ

簡単にまとめると、アーセナルではうまくいかなかったが、決して無能監督ではないし、クラブの規模感や言葉の壁がないスペインということを考えれば、かなりエメリの本領を発揮できると思う。積み上げがあまりなく、同じチームで長くやるタイプではないので、「エメリ政権下でリーグ制覇を!」という訳にはいかないだろうが、この不安定なコロナ禍で手っ取り早くカップ戦でタイトルを狙うなら申し分ない。久保と関連して考えるのであれば1年、全く問題なく成長させてくれるクラブと監督だと思う。

久保と、そしてウナイ・エメリの活躍を心から祈っている。

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