見出し画像

マンガ禁止令があった私にとっての「レモンハート」

漫画家・古谷三敏さんが亡くなった。85歳だった。私にとって古谷さんのマンガといえば「レモンハート」だ。マスターのお酒の蘊蓄、メガネさんのハードボイルドだけど実は結構優しい感じ、松っちゃんの緩いけどなんとなく信用できるあの感じ。とても好きだった。マンガはもちろん全巻持ってるし、新巻が出るたびに買っていた。

レモンハートに最初に出会ったのは自分が小学校中学年~高学年のころだった。私の親はなじみのお酒屋さんによくワインを買いに行っていた。その酒屋さんは、名前は〇〇酒店だが、売ってるものは8,9割がワイン。私が30代を超えた現在も元気でやってらっしゃっている酒店だ。

小学生の頃の私は、当然のことながらお酒は飲めないわけだが、なんとなくお酒に対しての興味はあった。今はレノベーションが行われたため、あの頃の雰囲気はあのお酒屋さんにはあまり残ってないが、前はワイン蔵のように少しひんやりとしており、未開封ではあるものの、ワインの香りが少し漂っていた。だが私はお酒以上に、マンガに興味があった。興味より「飢え」という言葉が近いのかもしれない。その当時、親の方針で私はマンガは禁止にされていた。禁止にしないといつまでも私が勉強もせずに読んでいたからだ。もちろん、小学生の頃の私はその禁止令を頑張ってかいくぐってマンガを隠れながら読んでいたわけだが。ともかく、家の中で大っぴらにマンガを読むのは全くできないことで、自分のマンガに対する飢えはすごかったと思う。だからその酒屋さんで大っぴらにマンガを読む行為ができるのは特に大きかったのである。

話はその酒屋さんに戻る。私がある時お店の椅子に座り暇そうにしていると、その酒屋の店主さんが私に「これでも読んでみたら?」といって渡されたのが「レモンハート」の14巻だった。読んだこともないのに1巻からじゃないんかい、と思いつつも、読んで行ったらあの独特の雰囲気に完全にはまってしまった。全て一話完結型で、次の話ではまた別なお酒のことをテーマに物語が始まる。あの温かい雰囲気、お酒の歴史やその文化が小学校時代の自分にはある意味大きなカルチャーショックだった。とてもゆっくりと時が流れているマンガなのに、次のお酒が何なのか、お酒のどんな話があるのか、毎話楽しみに読み、あっという間に読み終わってしまった。

読み終わってしまった私は店主さんに「他の巻はありますか?」と聞いたのだが、1冊しかないとのことだった。なぜその巻だけ持ってるのだろう?とは思ったのだがかまわなかった。私は繰り返しその巻を借りて、店内で繰り返し読んでいた。活字しかないお酒の説明欄も何回も読み返していた。「そんなに好きなの?」と店主さんからも若干引き気味に言われたが、それくらい好きだった。自分のマンガ禁止令は結構長く、特に高校時代は寮に入っていたため、場所も取ってしまうレモンハートは買いたくても買えなかった。そして大学生、ようやく自分の部屋が持てるようになり、そしてタブレットの時代がやってきた。Kindleで全巻手に入れた時の喜びといったらなかった。今も「レモンハート」を読むと、あの頃の酒店の雰囲気が戻ってくるのである。

二十をすぎて、自分があまりお酒に強くないことがわかった。顔もすぐ赤くなるし、ビールも沢山は飲めない。でもこのレモンハートを読んでいるおかげもあってか、嫌いなお酒という種類はない。カクテル、ビール、ワイン、なんでも好きだ。カクテルは高校の頃飲めるわけないのに「カクテル大全」という図鑑みたいな本も買った。ウイスキーはレモンハートの影響を更に受けてスコッチが特に好きになっている。そしていいお酒を飲むことをなるべく心がけているようにしている。いいお酒というのはただ高いお酒、ということではなく、レモンハートの登場人物のように穏やかに楽しくお酒を飲めるように、ということである。マンガではどんちゃん騒ぎしている場面もあるにはあったが。

レモンハートはその後も定期的に出続けていて、私も気づいたら買うようにしていた。実際9月上旬ごろに36巻が出ているのに気づき、買ったばかりだった。いつもと同じ雰囲気で話が流れていたので本当にショックとして言いようがない。

でも逆に言えば、85歳になってもずっとマンガを描き続けてたのは本当にすごいの一言ではないだろうか。

最後に、古谷先生には1985年から「レモンハート」を書き続けてくれて本当にありがとうございました、とお伝えしたい。先生のマンガは私の人生にお酒やその文化に対する興味を持たせてくれ、大変大きな影響を残してもらいました。今後も繰り返し「レモンハート」を読んでいきたいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?