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その64)サトウさんの居場所探し

※これは、作者が想定するベーシックインカム社会になった場合を想定した、近未来の物語です。

サトウさんはとある食品卸業の男性社員だ。彼の仕事はどんどん減って、会社の将来は風前の灯だった。

AIの発達は仲卸の仕事を激減させてしまった。自動管理システムによって多くの食品は生産地から直に販売地に送られるようになったり、港から流通基地に送られてそこから全国に配送されるようになったためだ。物流で中間に入る業者が少なくなったぶん、消費者には安く製品が提供されるようになるが、中間の卸業者は仕事がなくなってしまう。

こういったホワイトカラーの仕事はなくなることが予想されていたので、サトウさんは自分が理解できる食品関係の仕事をしようと思い、食品管理の知識をリスキリングして食品工場の食品安全管理をする仕事に転職した。専門知識を覚えるのは大変だったし、審査基準も年々高くなっていたから、これならまだ人間の関われる部分が多いだろうと考えたのだ。

新しい仕事に変わって数年が経ち、食品工場にもロボット化の波がやってきた。人手不足から、製造ラインの一部をロボットに変えるという。機械も老朽化が進んでいたし、扱える職人もついに75歳を超え退職した。そういった箇所から製造ラインを切り替えていった。新しい機械での安全管理は抜群で、自動で生産される食品は味も品質も良いものになった。サトウさんは「今はもう職人の勘に頼る時代ではなくなった」と思った。そのころ、少額からのベーシックインカムが始まった。

10年が経ち、半分くらいの製造ラインが専用ロボットや、汎用ヒト型ロボットによって自動化された。そんなころ、会社が大手食品メーカーに吸収されることになった。今までのお菓子のブランドを活かしつつ、完全自動の製造ラインに変えるという。工場はほぼ無人になるため、品質管理や監視も本社からのオンラインで行うことになり、突然サトウさんの仕事はなくなってしまった。

転職しようにも、通勤できる距離には彼ができる仕事はなかった。合併とリストラによる退職のため、退職金は多めに出たが、ベーシックインカムも含めた家庭の収支で見るとマイホームのローンは返済が不可能なことがわかった。家を手放し、家族とともに近くの借家に移り住んだ。今までよりも狭い家だった。

この借家は住宅難民のために自治体が空き家を安くリフォームしたものだ。近所にディスカウントスーパーなど一通り生活に必要なものを買える環境がある。

サトウさんはこれといって趣味もなく、仕事に打ち込んできたので家庭に自分の居場所がなかった。家の中ですることがなかったし、妻も子供も居る中に無職の中年男は居づらいという感じもあった。人付き合いも苦手で、会社のスタッフとしか話をしたことがない。釣りとかアウトドアは興味があるが、海や野山まで行くお金や車もない。

居場所を失ったサトウさんは居場所を探して彷徨った。同じような悩みを持った人は他にもいたようで、公民館や図書館、役場のエントランスなどが、時間を持て余す人で溢れていた。誰にも邪魔されず、お金もかからず一人で過ごせそうなところはこういうところかもしれない。居合わせた人とどうでもいいような話をして1日を過ごす感じになったが、満たされない感じがしていた。

ある日サトウさんは、お店でセルフレジを案内するロボットにしきりに文句を言っている人を見かけた。言ってることは支離滅裂で無茶苦茶だ。見ていると警察官がロボットを連れてやってきて、その客を連れて行った。

普段の生活に無力感を感じている場合、文句を言う相手はロボットと役人くらいになった。ネットではすぐに個人情報が開示されて速攻判決で罰金を取られる様になっていた。

サトウさんの居場所探しはまだ続いている。最近は健康管理もなんとかしようと朝の体操と散歩を始めた。生真面目な性格なので、続けられている。何かもっとワクワクするようなことないかな・・・と探しながら。


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