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私のこと好き?: Me and Ms. Jone

三羽烏さんの企画に物語形式で参加させて頂きます。
よろしくお願いいたします。


(本文:1643文字)
いつもの時刻に、いつものcafeへ行き、いつも通りブルーマウンテン・ブレンドを頼む。席に着いてバックからスケジュール帳を取り出して開くと、ちょうどあなたがcafeへ入ってきた。私は知らぬふりで、スケジュール帳から視線を外さない。

音でわかるのだ。
あなたが来たことが。
一定のリズム感がある靴音、カウンターで店員に頼む貴重な種類のコーヒーを告げるテナーのゆっくりとした穏やかな声。
そしてテンポがやや速まったリズムある音が、このテーブルへと向ってくる。
「Bonsoir, Madame. (こんばんわ、貴婦人)」
「私は、Ms. Jonesって言ってほしいわ。」

顔を上げると、一瞬苦々しい表情を創りながらも、すぐに憎めない笑顔を向けて、両手を顔の前で合わせるあなた。

「それで、どんな計画を?Ms.Jones?」
「クラシック・コンサートよ。
夫は、音楽に興味がないの。
あなたは?オーケストラは好き?」
「短調の曲なら。」
「切なく哀愁のある雰囲気の曲がいいのかもしれないわね。
じゃあ短調の曲目も入っているコンサートを考えておくわ。
その後のディナーはあなたの好きな場所へ行くのはどうかしら?」

店内には、Michae BubléのMe and Mrs. Jonesが流れ始めていた。

私はあなたに見せるように開いたままのスケジュール手帳をテーブルの脇に寄せ、スマートフォンでフィルハーモニーの演奏会の情報を調べながら、言葉を交わす。
その後は、たわいもない会話に移った。
ディナーに行くとしたら、どこがいいのかに結びつくような、お互いの好みを探り合うような。
そして、貴重な時が少しずつ刻まれていく。
あなたがずっと私を見ていたであろう時間、私はその視線を感じながらも、気づかないふりをしながらコーヒーを飲んでいた。
スマートフォンを手放してから私が見ていたのは、手持ち無沙汰なあなたの左手、細く長い綺麗な指。
あなたがピアノを弾けるのなら、あなたの演奏する曲からその世界観を聴いてみたい。
その左手が私の右手に重なった時、私は顔を上げた。
驚きと共にざわついた心を隠しながらも、あなたに向かって精一杯笑いかける。

私たちは、このcafeでいつもそんな計画を2人で立てていた。
時刻はいつも決まって18:30。
夕方の黄昏時で、魔が差す時間だ。
たわいもないデートの計画。
でも私たちにとって、本当に実現するかどうかはわからない。
日常の責務を考えれば、私たちは多くを望めない。
間違っていることもわかっているのに、どうしてこんなに惹かれるの?

夫が帰ってくる時刻には、私はうちに帰らなければならない。
夕食は家政婦さんが作ってくれるので、夕食の時刻にさえ間に合えばいいのだけれど。
仕事を終えてこのcafeへ立ち寄るのは、職場でもうちでも取ることのできない1人の時間を作りたかったからだった。
同じように1人でいるあなたを見つけたのはいつだっただろう?
ある時目が合って、話しかけてきたあなたに対して私は慎重に距離感を測ってきたが、いつの頃からか同じテーブルで過ごすようになった。
私たちは自分たちの責務を忘れるほんのひとときを毎日ここで過ごしている。

途切れるようにMichae BubléがA Song for Youを歌い終わると、次はNorah JonesがDon't Know Whyを歌い始める。
「もう行かないと。」
そう言って私が握られた手を優しく振り解くと、あなたが一瞬傷ついたように見えたのは、気のせいだろうか?
「わかってるよ。僕もそうだから。」

私は、この瞬間が最も辛い。
「私のこと好き?」という言葉を今日もコーヒーで流し込みながら、テーブルを後にして、あなたと一緒にcafeを出る。
私は、後ろを振り返らずにまっすぐ家路へと急ぐ。
あなたは、あなたの行くべき道へと帰っていく。

明日も同じひとときが私たちに訪れるかどうかはわからない。
でも、私はまた同じ時刻に、同じcafeで、ブルーマウンテン・ブレンドを頼んで飲むのだろう。

(本文ここまで)


現実的でないことは、完全創作で。
今回はMichae Bubléの歌う「Me and Mrs. Jones」から想像を膨らませて物語にしました。Meである男性視点で書かれた歌ですが、Ms. Jonesの女性視点で書いてみました。

英語ではありますが、歌詞のある動画だと、物語が想像しやすいかもしれません。⇩

# 完全創作
# Me and Mrs. Jones
# 私のこと好き?
# 三羽烏様

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