"当たり前"は辛くない


私は中学時代不登校だった。
最近、私は、やっと母とその時のことについて話が出きるようになった。
母は、私の同級生の母親たちから、「◯◯(私の名前)不登校なの?辛いね」とよく言われたらしい。しかし母は、「自分の子供が不登校なのは辛くない。」と言った。

この言葉を聞いたとき、胸が少し痛んだ。私が不登校である...という世間からみたら不幸な状況に慣れさせてしまっていたのだと。
そして私は今でも、不登校とさほど変わらない状況下にある。人間関係を築くのは、怖いし、人間を信用できない。仕事がない日はほとんど家に引きこもっている。これは、中学の頃から何も変わらない。(変わったことは沢山あるが、そのことについては後日書こうと思う)

もう、私は引きこもること、人間関係を築かないことには、慣れてしまっているのだ。端から見れば物足りない人生だと思われるかもしれないが、私にとってはこれが"普通"なのだ。私は自分の人生と他人の人生を比べたりはしたくない。

なぜなら、人生に"良い"も"悪い"もないはずだからだ。人生は競争でも何でもないはずなのに、生まれたときから、何の意味もないゲームに私たちは落とし込まれているような気がする。

とても息苦しい世の中。

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