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「文章を書いて、生きていきたい」を読んで

自分の中で「1ヶ月1冊読書」という目標があります。
本を読みたいなぁと思うけど、読書家ではないので、なかなか本を読むことができません💦
習慣化とまではいかなくても、1ヶ月1冊くらいを目標にして、自分の中になにかインプットしたい気持ちがずっとあります。
読むことができたときは、せっかくなので忘れないよう備忘録も兼ねて、読んだ本を記していきたいと思います。

文章を書いて、生きていきたい/江角 悠子著
京都くらしの編集室

フリーライター「江角 悠子」氏がライターを目指す人へ向けた書いたメールマガジンの内容を抜粋した自費出版本。
アマゾンや書店では取り扱いがなく、著者のサイトより購入。

別段、取り立ててライターになりたいわけでもない私がこの本に惹かれたのは本の帯にあった「書けないのは自分の気持ちにフタをしているからだった!本当は書きたくてたまらないのに、書けない人は必読」という文章に惹かれたからです。
子供の頃から読み書きは好きで、ノートに殴り書きした詩や小説もどき、日記が何冊もあります。
時代は流れ、ノートからブログへ。そしてSNSと移り変わっても書くことは続けています。

ただあることをキッカケに思うように書けなく・・・というか、書かなくなりました。
それは「人間関係」です。
自分の書いたことによって、人間関係が壊れたことがあったからです。
それ以来、ありのままの自分の感情や想いの丈、考えを書くことに戸惑いができてしまいました。

それでも「書きたい自分」が居ます。書かずにはいられない自分が在ります。
だから、ずっと自分を抑えるように箇条書きで日々の出来事を綴ったり、当たり障りないようなことばかりを綴ってはいるのですが・・・それがとても息苦しく感じています。

自分の思うままに書けたらなぁ

と思う日々がずっと続いていました。
そんな中、たまたまSNSでこの本に巡り合いました。
本来ならライターとして生業にする方々へ向けたメッセージだとは思うのですが、なんとなく「コレだ」と感じた自分の中のインスピレーションを信じて購入。

内容は「ひたすらに書き続けること」といった信念にも似た一貫性の元、とても読みやすい文章や共感できる喩えを用いて著者の経験や想いを綴ってくれています。
その中に私が誰かから言ってほしい一言がありました。
「全員に好かれなくていい」という章です。

"自分を嫌う人や自分に関心がない人に、気を遣って遠慮して生きるなんてしたくないのだよな。
なにかを行動するとき、文章を書くとき、そういう人たちに遠慮して、行動を制限されないようにしたい"

「文章を書いて、生きていきたい」本文より

この文章を読んだとき「やっぱり、それでいいんだな」って思いました。
「やっぱり」と言うのは、実は全く同じことを助言してくれる人がいたからです。主人なんですけどね(笑)
いつも主人は私の書いているものすべてに目を通してくれます。私の書く文章や内容が好きだと言ってくれます。
なにか、とあるひとつの事象に対する批判や否定的な意見もそれは私の考え方のひとつであって、決して「誰か一個人」に対して攻撃的であったり、悪意を持って書いているわけではないことは、きちんと読めばわかること。好きなことも嫌いなことも自由に書けばいいと。
また私の書く文章は「良い意味でも悪い意味でも刺さる人には刺さることが多い。けれど、それは気にしなくていい。受け取り手側の問題だから」と冷静かつ、客観的な意見もしてくれます。
だから、思うままに書いていいと背中を押してくれていました。
でも、それは「非常に個人的で身内贔屓的な意見じゃないかな?」と躊躇する私がいました。それが故に書きたいことを書きたいまま書くことが出来ずにいました。

しかし、この本で「全員に好かれなくていい」という章を読んで、他人に(ましてや物を書くことを生業にしている人に)そう言われると、なんだか長いこと喉の奥に詰まっていた違和感がスーッとゆっくり落ちていくような感じがしました。

最近、新しいSNSを始めたのですが、その中で何人かの方々が「投稿は誰かの何か(イイネやコメント)を求めるために書いているのではなくて、自分の気持ちの整理だったり、メモだったりする。だから壁打ち(イイネやコメントがなくても)でも気にならない」という投稿をしていて、それに私も激しく同意しています。
「誰かの役に立ちたい」とか「誰かを救いたい」と思って書くのではなく、むしろ自分のため(心の整理や自分と対峙するため)に書いている」っていうスタンスが自分だけでないことが知り、ホッとしました。
それが故に著書の冒頭の章にある「書くことで私を救う」や「たった一人のために書く」も心に響きました。
私は自分のために書いているし、主人が読んでくれるだけで報われるのですから。

書く目的は人それぞれで、内容も人それぞれ。
合う、合わないがあるのは当然。
全ての人に合う文章なんて書くことは無理だし、プライベートで書いている限り、そこまでして(嫌われた人にまで配慮して)書く必要もないのかなと、ふと思いました。
どっちかというと「また誰かに嫌われてしまうのではないか」という不安の方が大きいのは隠せませんが、それはそれ。
「自分をずっと好きでいてほしい」ってこと自体、なんとなくエゴだなっていうことも気が付きました(笑)

それに文中に書かれていた「2:7:1」の法則にも感心しました。
「2:7:1」の法則とは、2(気が合う人):7(どちらでもない人):1(気が合わない人)だそうです。
これを考慮して、日々私の書いてるものを読んでいる人全員と縁が切れてしまったのかと自問自答したところ、そうでもなく、むしろそれでも繋がっている人が多い事実を改めて認識しました。
なんで、こっちに目を向けなかったんだろう?
1割の人にばかり囚われて、9割の存在を感じられなかった自分の視野の狭さにも気が付きました。

私は好き嫌いが激しく、自分の好きの中に閉じこもってしまいがちです。
でも自分の好き以外にも楽しいことや発見があることも知っています。
ただ、それを行動にすることは難しいけれど。
でも最近は、それを「難しい」とか「できない」「しない」ではなくて、あえて「自分の感性外で気になったことをやってみる」というように変換する努力をしています。
私を知っている人が私に勧めてくるものは私の好みのものであったり、想像の範疇外を出ることはありません。もしくは、あえて苦手な分野を進めてくることだってあります。「ブレイクスルー」を狙って(笑)
でも私を知らないフォロワーさんや、ふとたまたま目にした投稿が目に留まったら、それはナニカの思し召しかもとチョット気にするようになりました。

それがこの本との出会いです。
どこの誰かの投稿かは忘れてしまいましたが、ふとした誰かの投稿を見て、気になりました。
すぐにはポチッと購入までは至りませんでしたが、すぐさま著者をフォローしてポストや記事をしばらく楽しく拝読していました。
そして、この本がずっと私の心に引っかかったままだったので、ナニカあるのかな?と自分の直感を信じてポチッと購入してみたのです。

私はライター志望ではないので「(職業としても)文章を書いて、生きていきたい」というわけではないけれど、「文章を書いて、(自分らしく)生きていきたい」という意識に向くことができました。
閉じていた自分の五感のフタがようやく取れた感覚です。本に出会えてよかった一冊になりました。

これから少しずつ固く凍り付いた自分のわだかまりを溶かしながら、書きたいことが書けるようになるといいな♪

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