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親知らずを一気に4本抜いた話

歯って大切。

「協力隊に行く前に必ずやったほうがいいこと」を書かれている先輩隊員のブログで、かなりの確率で目にするのが「歯科治療」だ。

私も大学卒業後2年間カンボジアで働いていたとき、これを痛感することになった。神経を抜いた奥歯の中に膿が溜まって行き場を失くし、歯根のあたりがぱんぱんに腫れあがった揚げ句歯茎が破裂して膿が飛び出したのである。

海外保険では歯科治療の治療費はカバーできない。すなわち全額負担である。詰め物を外して歯の中を掃除し、炎症を抑えてからもう一度詰め物をするのにかなりのお金がかかる。しかし、セラミックをかぶせるのは日本よりも安く、むしろ銀歯をはめるのとそれほど値段が変わらない。トータルで見たら、日本で3割負担で治療してセラミックを被せるよりも、少し安いぐらいに収まるらしい。

私が居た当時は運よく日本人の先生がいらっしゃったため、治療を受けたあとそのままランチに行ったり、治療を受けながらシェムリアップ情報を教えてもらったり、肝心な歯についても、金銭的なことや数十年後のケアのことなどたくさん教えてもらいながら治療ができた。

最終的に、カンボジアでは3本治療するのに30万円飛んだ。私がカンボジアに持っていった全財産の3倍だ。正直、歯茎が破裂するより痛かったが、歯の健康には変えられない。

その経験も踏まえ、協力隊に合格してからすぐ歯医者に行くことにした。2018年2月のことである。

親と兄妹、全員診てもらっていたなじみの歯医者は、予約が取りにくいのでやめた。そのかわりに、隣の県に良さそうなところを見つけたので、そちらをあたってみることにした。(私の家が県境に近いので、だいたい車で30分ぐらいの距離である。)

「小さい虫歯はここで治療できますけど、右の親知らずの虫歯が深いですね」

絶望だ。歯茎から血が出るぐらい磨いているつもりだったのに、根っこに到達するぐらいの虫歯ができていたらしい。

「あえて残すならここで治療してもいいですけど、一番奥は大変ですよ。ずっと大きく口開けてもらってないといけないので。虫歯になっている方の歯の形自体は悪さしていませんが、抜いてしまってもいいかもしれませんね。もう片方、左側の親知らずはちょっと角度に問題があって・・・いまは痛くありませんか?今後痛みが出てくるかもしれませんよ。こっちは抜いてしまったほうがよさそうですね。」

ついにきた、親知らず問題。4本とも元気に歯茎を突き破ってきたことは知っていたが、見て見ぬふりをしてきた。しかしその歯が、隣の歯に悪さしようとしている。その痛みがいつ来るかわからないから怖い。親知らずという時限爆弾は、怖いのである。

「この虫歯だと、多分ペンチで挟んだら砕けてしまうので、切開になると思います。上の歯の親知らず抜くだけだったらうちでもできますが、下の歯なので大きな病院でやってもらってくださいね。紹介状を書きますから、小さな虫歯の治療だけここで続けていきましょう。上の歯は今のところ悪さしてないし虫歯にもなってないから、ゆっくり考えてくださいね」

それから、私は情報収集を始めた。おおよそいくらかかるのか、日帰りで4本一気にいけるのか、と調べていくうちに、「歯列が変わると肩こりや頭痛、鬱などの症状が起こる」という記事を多数見つけた。これ以上肩こりが酷くなったら、私はおそらく肩こりが原因で死ぬ。しかし私は知っている。任地で万一奥歯が欠けるようなことがあったほうが、よっぽど痛い目に遭うと。

そして私は某総合病院に向かうことになった。

※気分悪くなるようなこともそのまま書いてるので、そういう表現が苦手な方は読まないことをおすすめします!

いざ総合病院。

紹介状を見た先生から、まずはCTスキャンとレントゲンを撮ってくるようにとの指示。その後、私の口の中とCT・レントゲンの写真を見て、「うーん、なるほど・・・」とぶつぶつ呟く先生。

「一番奥の歯って、人間の進化にあわせて要らなくなっていったものなんで、もっと脆くていいんですけど・・・ラオ子さんの場合、普通に歯列として機能するぐらい、とても立派なのが生えてるんですよ。」

つまり骨格が人間になりきれてないってこと?

「それでいて、二股に分かれた歯が結構太い神経をまたいでいて。・・・これは結構痛いかもしれませんねえ。上の歯は素直なんで、両方とも30秒ぐらいでポンポーンwwwと抜けますけど、下の歯は両方とも、最悪切開になりますし、局所麻酔では厳しいかもしれません。」

局所麻酔で厳しいって、どうしたらいいんだよ。

「選択肢は二つです。ひとつは、局所麻酔にして、かる~く意識も飛ばせるような薬で半分ぐらい飛んでる間に抜く。費用はおさえられますし入院も必要ありませんが、全部意識を飛ばせるわけではないので、自分の歯が割られる感じとか、神経をまたいでる歯をぐりぐりされる激痛とかは、嫌な思い出になると思いますよ。最初に麻酔かけて、ぐりぐりやってみて、痛かったらまた麻酔を足して、またぐりぐりやって、というのを繰り返して、無理そうだったら割ります。結構・・・痛いですよ。ただ、右の上下、左の上下、という風に、2回に分けて抜くことも出来ます。もう片方の歯で噛めるので、ご飯の心配は少なくて済みますよ」

なるほど。もう想像しただけで痛すぎてさっぱり頭に入ってこない。

「それで、もうひとつは、全身麻酔で一気に抜く。費用は掛かりますし入院も必要ですが、痛かろうが痛くなかろうが、ポーンwwwと抜いてしまえるので、歯茎や神経へのダメージも少なく、手術中の痛みはもちろんありません」

3万の局所麻酔で軽く飛ぶか、6万払ってポーンwwwと行くか。移住準備と遊びのためにパートをかけもちしていた私にはその3万大きな出費だが、こんな説明をされて局所麻酔を選ぶほど私もチャレンジャーではない。先生、進化しきれてない私の知歯なんか、思いのままに4本とも抜いちゃってください。

全身麻酔って大変なのね

その後、入院や付き添い、保険の説明を受け、いざ次回抜歯ー・・・!!と思ったが、その前にもう一度検査があるらしい。今度は全身麻酔をするための検査。別日に改めてとの事だったたので、初診の日は予約だけして帰ることになった。

後日訪れた全身麻酔の検査項目は、胸部レントゲン、血液検査、肺機能検査、心電図・・・だったと思う。もちろん何にも異常はなかったので(これで引っかかっていたら、その前に協力隊に落ちているはず)、麻酔についての説明を受け、承諾書にサイン。

「当日は、点滴で麻酔を入れていきますからね。みなさん仰るのは、記憶を”切り取られた”ような感覚だそうです。僕、まだ経験がないんですけど。それで、麻酔が効いてきたら鼻から長い管を入れて酸素を送ります。本来は口からなんですが、お口の中の手術なので鼻から入れさせてもらいますね。人によっては鼻血が出ますけど、ガマンしてくださいね。手術はだいたい1~2時間ですので、それが終わってから目を覚ましてもらいます。お年になればなるほど、1回目に手術室で起きたことを覚えてらっしゃらない方が多いんですが、女性で特に若い方は、なぜか1回目からばっちり記憶がある方が多いんですよ。その時に管を抜くので、ちょっと辛いかもしれません。1回目に目を覚まされたら、鼻からチューブを引っこ抜いて、酸素が出るマスクに切り替えて病室に移っていただきます。その後はしばらくけだるい感じが続きますが、数時間かけて元に戻りますからね」

淡々と言われて、「ハァ・・・そうですか」と他人事のように聞いていた私。自分がそんなことになる、というのが全く想像できない。

麻酔科の検査の翌朝、職場に行ったらパートのおばちゃんが私の顔を見るなり、「昨日病院行ってたんやて?あああ可哀想に!まだ顔ぱんぱんやなあ!!」と言った。まだ抜いてへんわ。誰がデフォルト顔ぱんぱんや、泣くぞ。

手術前日

そして数週間後、手術の前日20時から絶食が始まった。

その日の私のスケジュールは、朝6時から12時までカフェでバイト、14時から23時までドラッグストアでパート。つまり20時はまだまだ元気に勤務中、なのにご飯はもう食べられない。お腹が空く。ということで、その日は休憩時間をいつもより遅めにしてもらって、お腹が空かなそうなものを売場から選んで管理栄養士と一緒に食べた。

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このサイズ感が伝わるだろうか。通常の4倍のペヤングソース焼きそば。

それでいいのか管理栄養士。

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お湯を1300mlも使うカップ麺なんてこの時が初めてだった。

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食べても食べても減らない、無限焼きそばの完成である。

ちなみに半分食べたら気分が悪くなったので、残業していた店長にあげた。冷めて伸びきったあとのペヤング約4人分をたいらげた店長、すごいや…。

ちなみに夜8時以降口にしていいのはOS-1(経口補水液)か水だけ。抜歯したのは2018年7月末の話だ。とにかく暑い。喉が渇いて仕方がないのでごくごく飲んだ。

「全身麻酔かけたら胃の中のモノあがってきて窒息することもありますから、当日の朝からは水も何も口にしないでくださいね」と言われていたので、夜中まで悪あがきのようにごくごく飲んだ。

手術当日

朝9時、いよいよ入院。手術台からベッドに移すための大きなバスタオル、歯ブラシ、パジャマ、おむつ(使うか分からないが一応持ってきてほしいと言われた)、大量のOS-1などなど、言われた通りの入院セットを持って、ラオ語の参考書を小脇に抱えて入院する病棟へと向かった。

そこでまた血圧や体温などの簡単な検査を受け、手術着に着替えてその時を待つことに。ちなみにおむつは要らないのかと聞いたところ、「うーん、つけてもいいけど、1~2時間の手術だし、若いから大丈夫だと思うよ。ここで買ったなら返品できるから明日退院したあと忘れず行ってきてね」とのこと。なんて便利なんだ、病院。(実はこの前日、あやうく自分の職場のドラッグストアで大入りのを買いそうになっていたが、入院経験のあるパートのおばちゃんが止めてくれた。ありがとうおばちゃん。フライングで顔パンパンとか言われても、もつべきものは、おばちゃん。)

「術後はマスクが外せるまで個室に居てもらいますけど、しっかり意識が戻ったら大部屋に移ってもらって大丈夫ですよ。ひとまず今空いている個室がないのでここで待機してください」

と通されたのは、家族が待機する個室。そこでしばらくそわそわしていると、コンコンとノックされた。

「ラオ子さん、どうかされましたか?」

いえ、何も言ってません、ずっとここに一人で居ましたけど。人違いじゃないですか??

「・・・あれ、おかしいなあ。失礼しましたー」

そして小一時間後、今度は執刀医の先生がやってきた。

「ラオ子さん、どうかされました?」

いやだから、呼んでませんって。

「・・・もうすぐ手術室あきますから。よろしくお願いしますね!」

いやほんと、よろしくお願いしますよ。色々と。おばけじゃないよね?ちがうよね???頼むよ????

誰かの伝達ミスか、同姓同名の方が同じ病棟に居るんだと心の中で何度も唱えながら、個室で待機。手術への怖さは多少和らいだが、それよりもここに今日一晩泊まらなければならないのかという憂鬱で心が潰れそうだ。おむつでも被っとくか。

ついに手術

渡された服に着替えて、いざ手術室へ。機械だらけの部屋のど真ん中に設置された狭い手術台に横になる。「じゃあ、点滴で麻酔入れていきますからねー。」と言われ、私は心の中で「どこまで抵抗できるのかやってみよう。まだ大丈夫だー全然いけるー!ほんまに点滴で意識とぶんかー??面白いなー」

と思っていたら、ハッと意識が強くなった。なんとなく自分の肩のあたりがクーラーの冷気に晒されていたんだなという冷たさがあり、「おいおい全然麻酔かかってへんやん、こんなんで歯抜かれたら痛くて耐えられんわ!!」と思って、誰かに伝えようとしたが、声が出ない。というか、呼吸ができない。

私の鼻からチューブがズゴゴゴゴッと抜かれた。そしてその時はじめて、手術が終わったことを理解した。

麻酔科の先生が言っていた通り、記憶が切り取られたような感覚だった。そして、鼻血が出ていて、口の中も血だらけなのがなんとなく分かる。苦しいから吸ってほしい。と思ったが、声が出ない。というかそもそも、呼吸ができないし、体が1ミリも動かない。金縛りのときの感覚に似ている。

こんなにも空気がたくさんあるのに、手術台の上でひとり溺れている。ああ、死ぬかも。誰か助けてください。息ができません。

完全にパニックに陥った。この時の感覚を今も鮮明に覚えているし、むしろ辛かったフィルターがかかって今思い出すと余計に辛い。

執刀医の先生が私をのぞき込んで一言、「この長いまつげ、どうなってんの?」

「これ、マツエクっていうんですよー。つけまと違って、まつげ1本1本にノリでくっつけてるんです」「へぇー。すごいな、ほんまもんみたい」

いや、みんなで楽しそうにお話されてるのは結構ですが、現在私、生まれてから今までの28年間で一番苦しいんです。なんとかしてください・・・。瞼だけが辛うじて、動いているような、いないような。必死の訴えが先生に届いたらしい。

「あ、もしかしたらちょっと苦しいかな?口の中吸ってあげてー」

そうです先生、気づいてくださってありがとうございます。でもまだどうやって息していいかわかりません。

そう思って次に目が覚めたときには、個室に移されベッドの上に居た。

術後が大変

個室で目を覚まして、付き添いで来てくれていた母にむかって開口一番出た言葉は、「歯ァ・・戻して・・・」だった。実際は口の中が血でいっぱいで、ガーゼも噛んでいるので、私の口から洩れた音は「ファァ・・モホヒヘ・・・・」である。

とにかく口の中が気持ちが悪い。どくどく、じんじんと痛んで、まだ出血が収まっていないのが分かる。

「ドライソケットになると治りが遅くなるさかい、あんまり口ゆすいだらあかんで」とパートのおばちゃんに言われていたが、口の中が気持ち悪くて仕方がない。それに、うまく呼吸ができない。

ドライソケットというのは、抜歯した穴に血餅と呼ばれる血の塊ができず、歯槽骨が露出して強い痛みを伴う状態だ。一度ドライソケットになってしまうと治るのにかなり時間がかかるらしく、おばちゃんは自分が抜歯したときのことを思い出して不満を口にしていた。

しかし、うがいができるならドライソケットになってもいいと思ってしまうぐらい、ものすごい不快感だ。いうなれば、生レバーを口の中にぱんぱんに詰められているような感覚。口をゆすごうと思ったが、まだ体から倦怠感が抜けきらず、一人で立ち上がることもできなかった。しばらくすると、看護師さんが来た。

「あ、ラオ子さん起きましたねー。1時間ぐらいは寝ていてくださいね、最初のトイレだけ付いていきますから、行きたくなったら呼んでください」「今、行きたいへふ・・・」と一旦酸素マスクを外してふらふらでトイレへ。朝から何も口にしていなかったので便器に用は無かったが、とにかく一度うがいをしたくて仕方がなかった。

「血あんまり飲み込んじゃうと、気分悪くなりますからね。これ使ってくださいね。」

と、楕円形のトレーを枕元に置いてくれた。その後、意識が飛ぶように寝て、起きて、口に溜まった血を全部吐き出して、OS-1を飲んで・・・というのを数時間繰り返した。

その途中、先生が様子を見に来てくれた。

「体調いかがですか?なかなか大変でしたよ、立派な歯根でした」

子どもが産まれたみたいに言うな。

そして、「歯、ここに置いていきますからね!」と半透明のプラスチックケースを置いていってくれた。まだ倦怠感が抜けきらず、どの体勢をとっていても体が痛だるい中、そのケースの蓋を開けてみた。そこにあったのは、血だらけ、というか、歯肉が残ったままの、私の4本の親知らず・・・。小さい頃歯医者さんで抜いてもらったときは、綺麗に洗って乾かして、歯の形をした可愛いケロケロケロッピーのケースに入れてくれていたのに、今目の前にあるのは、あまりにリアルな、歯肉付きの私のデカい奥歯だ。しかも虫歯だった歯はご丁寧に真っ二つにされていて、どこまで虫歯だったかもよくわかる。リアルだ。リアルすぎてただただ気持ちが悪い。

「まあ、あの可愛いケロケロケロッピーのケースからこんな立派な奥歯出てくるのも嫌か。しかし結構歯肉残ってんな。オエッ!!!!!」と心の中でえづきながら、歯肉がこびりついたその地獄絵図みたいな4本の歯を、綺麗に洗った。

その後、大部屋に移れますよーと看護師さんが言いにきてくれたが、少し物音がしただけで頭がぐわんぐわんと揺れるため、追加料金を支払って、そのまま個室に居ることにした。昼間にあんなことがあったので大部屋で誰かと一緒に寝たいような気もしたが、そんな気持ちを超えるぐらい、鎖骨のあたりから上が全部熱くて、痛くて、何も考えたくなかった。ラオ語の参考書持ってきたやつ誰や。日本語読むことすら困難や。

ちなみにその日の夕食は固めのお粥と、青魚の煮つけ。

・・・食べれるか!!!!!

と心の中でつっこんだが、口の中以外は健康なので、お腹が空いて仕方がない。それでいて、空っぽの胃に入っているのが血だけという状態は、非常にムカムカする。

仕方がないから、青魚の煮つけを口に含んで、舌と上あごですりすり、すりすりと細かくした。しかし飲み込めない。奥歯を4本抜くと、嚥下機能まで低下するのか。いや、単純に痛いだけか。違うな、すりすりしたときに水分が抜けてパサパサになったからだな。

仕方なく、魚の煮汁と水をおかゆに入れて、前歯で固形物を堰き止めてその上澄みだけを飲んだ。お味噌汁も、具を残して汁だけ飲んだ。マッコウクジラにでもなった気分だ。上澄みだけでは物足りなかったので、ボール買いしたOS-1のゼリーを完食した。そんなに電解質を一度にとっても、殆ど流れていくだけである。実際、すぐトイレに行きたくなった。水分補給が目的で飲む場合は、用法用量を守ろう。

そういえば、私のじいちゃんは、4本しか歯が無かった。上下に2本ずつ、ひょんっっと長いのが生えていた。それも歳を重ねるごとに抜け、最後は2本になっていた。お隣に貰った干し柿を一緒に食べていたとき、隣のじいちゃんが全然干し柿を噛めていなくて、皮だけ残してペランペランになるまで中身をしごいていたのを見てゲラゲラ笑ってしまったことを思い出した。じいちゃんごめん。笑って、ごめん。

そんなじいちゃんは、下の歯がぐらぐらになったとき、タコ紐を歯にぐるぐる巻きにして私に紐の端を渡し、「ラオ子やぁ・・・思いっきりやってくれぇ・・・」と言ってきたことがあった。幼かった私は、「嫌や、じいちゃん、そんなんしたら死んでまう」とボロボロ泣いて拒否したが、後生だと言わんばかりにタコ紐を握らせ「強ぉひっぱってくれぇ!!」と懇願してきた。意思が弱かった私は、くんっと弱めに引っ張ってしまい、じいちゃんは聞いたことのない叫び声をあげたあと、静かに泣いていた。私はこれが未だにトラウマで、大きい歯が怖い。やってくれたな。じいちゃんは「わしは医者嫌いやから歯医者には行かん」と頑なに言い張っていたが、だからといって孫にこんなトラウマを負わせるなんて、自己中心的だし、価値観の押し付けもいいところだ。数十年後そっちに行ったら、歯肉付きのでっかい歯投げつけて文句言ってやるからな。

さて、話を戻す。私の顔、倍ぐらいに腫れてるんじゃない?と思うぐらいに顎まわりが熱を持っているのがわかる。もう嫌だ、歯なんか抜かなければよかった。ファァモホヒヘ。かみ合わせとして機能するぐらいの立派な親知らずなんか、生やさなければよかった。せめてこの反省をDNAに刻んで、子孫には迷惑がかからないようにしたい。もしくは親知らずで苦労していない人と結婚しよう。深夜、天井を見上げてそんな事を考えていた。食べるだけが生きがいなのに、明日からどうやって生きていけばいいんだ・・・と絶望していたところに、看護師さんが現れた。

「どうされましたー?」

いやだからさ、誰も呼んでないんですよ・・・。(実話じゃないと嬉しいんですが、これ実話。)

それに、私は個室に居て、もちろん一人で、なおかつナースコールはわざわざ体を起こさないと届かないところにひっかけてあったわけで。

いっそアレか?ここで亡くなったうちの身内、親戚が、私が不安がってると思って世話焼いてくれてるんか?いや違うな、じいちゃんもばあちゃんももう一つの総合病院やな・・・誰や・・・この総合病院で亡くなった親戚・・・誰や・・・

とか考えているうちにまた眠りについて、いつのまにか朝になった。

手術翌日

深夜あれこれ考えた後、すやっと眠れて、起きた時は思っていたよりも全然すっきりしていた。昨日のしんどさは一体何だったんだと驚くぐらいには気分も回復。熱っぽさもなくなっていた。

口の中の生レバー感も多少マシになったし、朝のおかゆも美味しかった。

「切開した部分縫ってますから、2週間後に来てくださいね!それまでは問題なかったら普通にしていてもらって大丈夫です。変な痛みが出たらいつでも来てください」

と言われ、体調も問題ないということで午前中には退院することに。

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家に帰ったらオカンがペースト状の野菜たっぷりスープを作ってくれていた。ありがとうオカン・・・。こんなスープを家で飲むのは、7歳下の妹の離乳食を奪っておやつがわりに飲んだ時以来かな・・・。

その後、我慢できず「ッッッッ・・・ベクショオオオオイ!!」と気持ちの良いくしゃみしたあと、「ウゥゥ゛・・・痛い・・・歯が・・・顔が・・・・とれる・・・顔が取れる・・・死ぬ、死ぬ・・・・・・・」と一人で悶えていたら、今まで見た事も無いぐらい哀れんだ顔でこっちを見られていた。オカン、ひどいよ。ひどいよオカン。心配するとこやぞ。

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その日は台風前の爆焼けで、顔パンパンでシャッターを切った。強い風が頬に当たって、めちゃめちゃ痛かった。

その翌日、手術後3日目も休みを取っていたので、せっかく仕事が休みなんだからと、ブータンのGNHに関わっておられる方の講演を聞きに行った。参加型のイベントだったが、あまりしゃべると縫合した下あごの糸が上あごの抜歯した部分に突き刺さって激痛だったため、おとなしくした。懇親会も、お茶だけだった。目の前にある美味しそうな食べ物は、全て敵だ。

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カフェインはほどほどなら大丈夫と言ってもらえたので、自分でキャラメルマキアートをつくって飲んだ。美味しい。カフェインは、美味しい。

術後4日目

7月27日に手術、28日に退院、29・30と休みを貰って、31日から職場に復帰。あほである。何故誰も止めてくれなかったのか。いや、シフトを入れたのは私である。

この時の私、フェフ姉さん状態。さすがに、インカムでまともに話もできない、テイスティングしても血の味しかしない、というのは職場に迷惑しかかけないと思ったので、カフェはあと2日ほど休むことにしていて、先にドラッグストアのパートから復帰した。

ありがたい、売り場に私が食べられるものが溢れている。介護食、離乳食、そしてメイバランス。

介護食は高いが味付けがしっかりしていてうまい。離乳食は安いが味付けが薄い。ので、うまく組み合わせて食べた。ちなみに、介護食は農林水産省によって「スマイルケア食」という名前に変えられ、食べる機能に合わせて3段階、それぞれの色とマークで識別されている。赤は嚥下機能に問題がある人、黄色は咀嚼に問題がある人、青は嚥下咀嚼に問題は無いが健康維持上栄養を必要とする人向け。つまり私は赤からのスタートである。

知らない方は是非調べていただきたいのだが、メイバランスは病院でも使われている栄養食だ。量を摂れなくなったお年寄りや、入院中であまり食べられず栄養が足りない人、あとは母乳で子育て中のママにも絶賛おすすめしたい。まず、栄養価がとんでもない。ただし、カロリーもとんでもないので、偏った栄養を補うために摂るには多少注意が必要だ。そして、味のバリエーションが豊富で、飽きずに楽しめる。私はコーンスープ味と、遊離アルギニンが入った少しお高いシリーズのミックスベリー味が大好きだ。売場にある分を買い占めるわけにはいかないので、即座にケースで客注した。遊離アルギニンは髪や肌の組成に必要なものなのなので、産後の栄養不足や脱毛のために飲むといいんですよ、と営業さんが仰っていたのを思い出した。抜歯には・・・どうですか?

抜歯後数日間、レジ業務だけは極力外してもらったが、それでも人手が足りないのでレジに入る時間もある。口の中が腫れているので、話すとほっぺの内側をゴリッと噛んでしまって余計に腫れ、それをまた噛んで、をひたすら繰り返す。でもレジに来る方はお年をめした方も多く、はきはき大きい声で話さないと聴き取ってもらえない。期間限定フェフ姉さんの、気合いの見せ所だ。

そして退勤前、顔ぱんぱんなうえに、にこっと笑った歯が血で真っ赤になっており、馴染みのお客さんにめちゃめちゃ驚かれた。事情を説明すると、「これなら食べれるやろ」と飴をたくさんもらい、初日の出勤は終わった。その後、カフェのバイトのほうの先輩の送別会で焼肉に行った。前歯だけで焼肉を咀嚼するのは至難の業だったし、ほっぺの内側を噛んでいるのか肉を噛んでいるのかもよくわからなかったが、やっぱり固形物は美味しかった。

そこから暫く、痛くてまともにレジ打ちできず、氷嚢で冷やしながら品出しをして、たまにレジに呼ばれて「何言うてるか全然わからん!!!」と言われたり、差し入れをもらったりしながら、徐々に回復していった。

抜糸のとき

高校1年で12針、大学1年で6針、社会人1年目で4針、いらんことで怪我をしてあちこち縫うたびに、途中から病院に行くのが面倒になって、自分で消毒して自分で抜糸してきた。が、さすがに口腔内の抜歯は難しい。手術から2週間後、おとなしく病院の世話になることにした。

といっても、ぷつんと糸を切って引っ張るだけで終わりなので、たいしたことはない。

「しばらくは穴が開きっぱなしですけど、徐々に小さくなっていきますから。痛みがでなかったら今日で終わりで大丈夫ですよ」

と言われ、あっけなく病院を後にした。

抜糸した後は、歯があったスペースに食べ物がスポッ!!と入ってしまうことがあり、その度に「ん゛ーーーーーーーーー!!!」と唸り声をあげた。「そりゃあ大きい歯が詰まってたとこなんやさかい、抜いたあとはしばらくそうなるわいさー」とパートのおばちゃんに慰められながら一緒に昼ご飯を食べた。スコーンのクランチチョコがそのまま詰まったときは激痛で死ぬと思った。固いものは、アカン。

ちなみに、抜糸もまだ終わっていない8月初旬、私は石狩で行われるRising Sun Rock Festival 2018に居た。モッシュピットで顎が隣の人の肩にぶつかったときは、あまりの痛さにじいちゃんが迎えにきたのかと思ったが、なんとか平気だった。石狩の美味しいものを心おきなく堪能できなかった後悔を晴らすため、日本に戻ったら再度RSRに参戦したいと思っている。

あと、すぐ仕事に復帰したことやRSRに行ったことも含めて、ひとつ反省したことがある。抜歯した穴が落ち着くまでは、大人しくしたほうがいいということだ。ただ、もう二度と親知らずは生えてこないから、この学びが自分に役に立つことは無い。

そして訓練へ

これで準備は完璧だと意気込み、10月から二本松訓練所での訓練が始まった。去年の今頃は訓練真っただ中。あれからもう1年かあ・・・。

さて、訓練開始後しばらくして、夕飯を食べていた時のことである。西京焼きを食べたら、ゴリッ!と何かを噛んだ。「あれ、なんか異物っぽいの入ってるわ。なんやコレ」と不満そうに出してみたら、自分の銀歯だった。ほぼ初対面だった同期の前でやらかしてしまった、ちょっと恥ずかしいエピソードである。そのことを、ラオ語で日記に書こうと思ったが、「銀歯」という言葉は調べても出てこなかった。

翌日の午前の授業で、ティッシュから銀歯を出し、ラオ人の先生に「あんにーめんにゃん?(これ何ていうの?)」と聞いたら、先生はちょっとびっくりしていた。

その日の午後は狂犬病ワクチン接種の日だったので、優先的に打たせてもらって、温泉街まで30分の山道を走って駆け下り、そこからバスで二本松駅へ向かった。そして、事情を話してすぐに治療してもらい、病院から駅前まで爆走してぎりぎり終バスに間に合う、というトライアスロンのような時間を過ごした。バスに乗れなかったらタクシー代で数千円が飛ぶため、詰めたての銀歯を噛みしめながら鬼の形相で走った。準備体操もせず下り坂を爆走するのは本当に良くない。おかげで数日は膝とスネが痛かった。

再度言う。歯は大切。

隊員に教えてもらって読んだ書籍に、面白いことが書かれていた。「歯がなくなっても生きていける動物は人間だけ」、つまりその後は科学技術によって生かされるわけで、そう考えると、本の中で出てくる「還暦過ぎれば人工生命体」という衝撃的なキーワードも納得できる。人工生命体にならず、あったほうが邪魔な2本の歯で戦った祖父も、最後は病院の世話になった。美味いものが美味しく食べられるのは、歯があってこそ。歯があるから美味しく食べることができ、そして美味しいものを食べたいから生きられるのである。人工生命体にならないために、歯を大切にしよう。自分の歯で咀嚼して、美味しい物を食べて、長生きしよう。

・・・という論理の破綻した結論で締めくくりたかったのではなく、これはとある友人に向けた脅しである。途上国の病院事情がいかにハードモードかは、私が命を丸投げにして体験した上の記事を参考にして頂きたいが、たかだかアメーバに汚染されたものを口にして腹を壊しただけでこんな思いをするのが、途上国の医療事情というものだ。そんな中、一度失敗したらリカバリーのきかない歯科治療を行うなんて、私には恐ろしくて絶対にできない。もしこっちで歯が折れるような事態になったら、牛乳に折れた歯を浸して潔く緊急帰国だ。ましてや、すぐに帰国もできないような場所に行こうとしているのであれば、痛くなったらどうにかしよう、ではなく、今の時点で爆弾だと言われているような親知らずは絶対に日本で抜いていくべきだ。医療保険に加入していたら半分以上返ってきたし、数万円のことをケチるべきではない。

効率よく水分補給ができるOS-1や、温めるだけで食べられるスマイルケア食、しばらくご飯が食べられない間も栄養補給ができるメイバランスなどなど、日本は便利で溢れている。その環境で抜歯する選択肢があることに感謝して、全てを終えてから途上国に向かうべきだ。学生の休みと被ると、総合病院での抜歯はなかなか予約がとれないことも多いようだ。今すぐ病院に行き、その斜めに生えて隣の奥歯を脅かしている知歯をぶん抜く段取りをしてくるといい。

歯も命も、大切にしたほうがいいぞ。

というわけで

4本一気に全身麻酔で抜歯したというと、結構同じことをしようか悩んでいる人が多くて、詳しく聞きたい!!と言われたことが何度かあったので、こんな風に記事にしてみました。

歯科、口腔外科、麻酔科、どの先生も、丁寧に詳しく説明してくださって、最良の選択で治療を行えましたし、しばらくレジに入れない私を売場に回してくれた店長にも感謝してもしきれません。こんなたかが1泊2日の入院で、と思われるかもしれませんが、家族、病院、職場、それぞれの助けがあって、安心して「患者」で居られるんだなあと痛感した出来事でした。出産とかになると、もっと壮大なスケールなんだろうなあ・・・とも。日本の医療、すごいや。

今から親知らずを4本いっきに抜こうと思っている人が居たら、参考になれば幸いです。

最後にもう一度言いますよ。

ファァモホヒヘ

・・・ではなく

歯科治療は日本で済ませてから途上国に行きましょう!!

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