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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #8: イヌにトマト 何か問題でも?

今回はトマトです。 先に言ってしまうと,熟したトマトなら,ワンちゃんが食べても全く問題ありません。 にもかかわらず,国内外の多くのサイトで「ワンちゃんがトマトを食べても大丈夫?」「Can Dogs Eat Tomatoes?」などのタイトルで,リスクの有無を解説しており,「注意が必要な食品」として扱われているサイトもあるようです。 何か懸念があるのでしょうか? 本当のところ,どうなのでしょうか? 

トマトの何が気になるの?

上に述べたように,ワンちゃんがトマトを食べても大丈夫,というより,人間の食品として一般に言われているように,トマトには,カリウムなどのミネラル,リコピン,β-カロテンやビタミン類など,身体に良い成分が豊富に含まれており,ワンちゃんにも推奨される食品です。 
それでも,Webには

  • 水分が多く,皮は繊維が多くて消化が悪いので,たくさん食べるとお腹が・・・

  • β-カロテンはビタミンAに変換されるので,たくさん食べると肝臓が・・・

  • カリウムが多いため,たくさん食べると腎臓が・・・

  • 稀にアレルギー様の反応が・・・

などの理由で,「注意が必要」との説明も見られます。 しかし「大量に食べると身体に悪い」とか,「稀にアレルギー(様の)反応を起こす」ものは無数にあり,「注意が必要」な食品ばかりになってしまいます。 キャッチーなフレーズや,いかにも専門的に見える語を並べたい事情は想像できますが,私は,あまり意味のない指摘のように思います。 あるサイトには,「甘いトマトは食べ過ぎると肥満に繋がる」という指摘まであり,ちょっと笑ってしまいます。

トマチン

確かに,植物としてのトマトには,トマチンと呼ばれる潜在的に有毒な物質が含まれ,トマチンを大量に摂取すると有害影響の可能性があるのは事実です。 しかし,熟したトマトにはごく少量しか含まれていないため,ワンちゃんがかなりの量のトマトを食べても問題になりません。

PetMDの獣医師 Dr.Jennifer Coates は,トマチンの影響について,以下のように述べています。

  • 熟していないトマトは,完熟トマトに比べてトマチンが若干多く含まれているけれども,その差は僅かである。 犬が緑色のトマトを食べたとき,仮に影響があったとしても,軽度な胃腸障害が起こる程度だろう。

  • トマチンは,実以外の,花や葉,茎といった部位に多く含まれているけれども,それでも,実際には犬にとってそれほど脅威ではなく,深刻な害を引き起こすほどの量を犬が摂取する可能性は非常に低い。

悪魔の植物?

ワンちゃんがトマトを食べたとき,身体に良い効果こそあれ,よほど大量に食べない限り悪影響の可能性は低いようです。 それなのに何故,国内外で,懸念があるかのような問いかけが多いのでしょうか? 愛犬に大量のトマトを食べさせたいと考える飼い主さんが多いのでしょうか? 正確なところは分かりませんが,もしかすると,チコちゃんの説明にヒントがあるかもしれません。

もう2〜3年前になると思いますが,NHK「チコちゃんに叱られる」で,「イタリア料理にトマトが欠かせないのは何故?」という問題がありました。 その解説によると,かつて,トマトは観賞用の植物で,実を食べる人はいませんでした。 だれもトマトの実を食べようとしなかった理由は,強い毒性があることで有名な「マンドレイク」に似ていたからだそうです(同様に有毒な「ベラドンナ」に似ていたから,という話もあるようです)。 

マンドレイクは「マンドラゴラ」とも呼ばれ,幻覚作用や神経毒性のあるアルカロイド(トマチンもアルカロイドの一種です)を含んでいます。 そのため,古来より,薬として,あるいは魔術,呪術の道具として,その他にも色々な使われ方をしてきました。 古くは聖書にその薬効について記載があり,その後も「人のように動き,引き抜くと悲鳴を上げ,これを聞いた人間は精神を病んで絶命する」という伝説が語り継がれました。 かの「ロミオとジュリエット」でも,その伝説に言及される箇所があります。 「人のように動き,引き抜くと悲鳴を上げる」というところで,お気づきの方もいらっしゃる通り,「ハリー・ポッター」にも「マンドレイク」という実在の植物の名のままで登場しますね。
この怪しくも恐ろしいマンドレイクを手に入れる方法として,ワンちゃんを紐でマンドレイクと結び,自分は遠く離れてからワンちゃんを呼んで,駆け寄ろうとするワンちゃんに引き抜かせるというやり方が考案されたそうですが,ワンちゃんはマンドレイクの悲鳴を聞いて絶命してしまうという酷い方法です(あくまでも「伝説」です)。

ともあれ,特にキリスト教圏ではマンドレイクの毒性や伝説が広く知られており,同じナス科でアルカロイドを含むトマトに関して,「人間は大丈夫だけど,ワンちゃんでも本当に問題ないの?」という意識が働くのかもしれませんね。 

マンドレイク (トマトに似ている?)

結論

トマトがマンドレイクに似ているとしても,ワンちゃんが食べて重大な悪影響が及ぶ可能性は少ないようですので,安心して食べさせてあげてください。
ただ,美味しくて身体に良いと言っても,他のあらゆる食品と同様に,食べ過ぎや偏重は禁物です。 メインの食餌に影響しない範囲で,適量を与えるようにしてください。

雑記

かつてトマトが観賞用だったのは,日本でも同じだそうで,江戸時代にオランダから伝わった際,食べる人はいなかったようです。 その理由は,毒々しい赤色が嫌われたことに加えて,単純に「美味しくない」。 酸味と匂いが強かった当時のトマトは,食用として受け入れられなかったのでした。 明治になって,タマネギなどとともに,再び日本にもたらされたときにも,やはり日本人の口には合わなかったようです。 しかし,既に食用にされていた西洋では,トマトを加工して食べていることを知り,トマトソースを作ったのが,知多半島の農家の息子,後の「カゴメ」の創業者だったそうです。 トマトソースはトマトケチャップに改良され,洋食ブームに乗って広まったことにより,生のトマトも一般に食べられるようになったとか。 今や日本のトマトは,世界に類を見ない多品種,高糖度となり,「日経ビジネス」によると,静岡で開発された「アメーラ」は,数年前から,トマトの本場,スペインのアンダルシア地方でも現地生産され,高級百貨店で,現地のトマトの10倍以上の価格で販売されているそうです。 日本では街のスーパーでも普通に販売されていますが,確かに驚くほど甘くて美味しいですよね。
なお,マンドレイクの伝説が浸透していない日本でも,イヌにとって,トマトは懸念があるかのような扱いをしているサイトが見られるのは,飼い主さんの疑問というより,海外での問答を目にした人たちが,同じように解説している(したがる)のかもしれません。 知らんけど。

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