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『神田ごくら町職人ばなし』レビュー 時代劇マンガで描かれる江戸の職人の究極ロマン

もし、自分が作ったモノが100年先まで残っていて、ずっと使い続けてくれたとしたら……。
これぞ職人としての究極の夢であり、ロマンではないだろうか。

時代劇マンガ『神田ごくら町職人ばなし』(作:坂上暁仁)は、江戸の職人街ではたらく若者の日常を切り取り、匠の技とアツい想いを描く作品だ。2023年8月31日に発売された単行本第1巻では、桶職人や刀職人、藍染職人、畳職人、左官職人らが登場する。

浮世絵を思わせる素敵な装丁に惹かれて、筆者は書店でこの本を手に取った。そして実際に読んでみると、めちゃくちゃ瑞々しいストーリーでビックリした! これまで時代劇マンガに興味がなかった人にも是非オススメしたい作品だったので、以下、見どころを紹介する。


現代ではなく、江戸時代の職人を描く理由

『神田ごくら町職人ばなし』は、時代劇マンガ専門誌「コミック乱」(リイド社)と同雑誌のWEBサイトで連載されている作品。先に挙げた職人たちが各エピソードの主人公になるオムニバス形式のマンガだ。

このマンガの1番のウリは、登場人物たちが仕事場で黙々とモノづくりをするシーンだろう。実写かと思うくらいの圧倒的なディテールで作業風景が描かれ、セリフなし・絵オンリーのシーンが何コマも何コマも続く。

テレビのドキュメンタリー番組的に喩えるなら、まずは仕事場全体が映し出されて、徐々にカメラが主人公の手元や表情、眼差しへとズームしていく感じだ。職人たちが集中力を研ぎ澄ませて仕事をしているのがよくわかる。

ところで、このマンガの主人公たちはみな若手の職人で、20〜30代ぐらいかと思われる。そして若さゆえか、仕事場で耳にする自分の評価だとか噂話だとか、ノイズが気になって仕方がないというシーンもある。

…女でカシラっていうだけで、みんなあたしを見る目が変わっちまう あたしはただ土をいじるのが好きなだけなのに」 

第1巻其の六「左官 二」より

しかし仕事に取り掛かった途端、彼らはみな無心になって木を削り、鉄を叩き、生地を染め上げる。『神田ごくら町職人ばなし』を読むと気づかされる。雑念から解き放たれ、没頭して働くひとときこそが救いとなるのだ。

そんな職人たちを、現代ではなく、あえて江戸時代の人物としてマンガにしたのは何故だろうか? ヒントは、第1話に出てくる桶職人のセリフにあると思う。

「おぼえときな 木ってのは生きてるんだ こんな風に細切れになってもね 要は使い方だよ 大事につかえば100年だってつかえる」 

第1巻其の一「桶職人」より

江戸時代の職人によって作り上げられた道具や建物で、現存するものは数多くある。つまり、作中で何度も語られる「100年」という年月は、決して大げさな夢物語ではなく、とっくに現実のものとなっている。『神田ごくら町職人ばなし』は、そのようなことを描きたかったのではないだろうか。


ドキュメンタリーからドラマへ

実はこの第1巻、前半と後半でだいぶ作風が変化している。

第1話「桶職人」は、先述のとおりドキュメンタリー番組風。カメラクルーが現場に入って、職人の作業風景を淡々と記録するようなスタイルだ。

ところが、そのあとの「刀鍛冶」「紺屋」「畳差し」へ進むにしたがって、主人公をとりまく人間模様にもクローズアップし、ラストの「左官 一」~「左官 三」では、とてもじゃないがテレビの取材カメラには収められないようなディープなところ(職人同士の殴り合いのケンカとか!)まで描かれる。言うなれば、どんどんドラマよりになるのだ。

ラストエピソードの主人公は、女性左官職人の長七(ちょうしち)。

彼女が現場監督になって初めて感じた重圧。
職場内で絶えない人間関係のトラブル。
ようやくこぎつけた一大プロジェクトの成功。
そして、互いに腕を認め合った仲間との切ない別れ……。

このように、ラストエピソードはマンガとして盛り上がる要素がぎゅうぎゅうに詰めこまれ、非常に強く、太いラインの物語になっている。

第1巻を読み終えたとき、筆者的には大満足だった! それから、今後の連載ではどうなっていくのか楽しみになったし、いつか長編も描いてほしいなと期待している。

ちなみに、同作者による『金沢職人ばなし』という短編マンガがWEBで公開されている。こちらも歴史や伝統工芸への愛が炸裂しているのでオススメだ。

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