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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈17.イェミナ・ヴァッリ〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

首都ヘルシンキから北西へ350km。フィンランドの南ポホヤンマー地方の自治体クリッカは、国内でも有数の農業地帯として知られています。すぐ近くを高速道路が走っているので市区町間の往来が盛んで、のどかな田舎町には心地よい活気が循環しています。

クリッカの南部ヤラスヤルヴィで農場を管理しながら、養蜂家として活動するのがイェミナ・ヴァッリさん。ビジネスパートナーとともに立ち上げた〈 Hunaja Hetki〉では、自分たちの農場で採れた国産蜂蜜や蜜蝋キャンドル、蜂蜜由来の化粧品などを販売するほか、養蜂技術の研究と普及に努めています。

今回は、自然と共生しながら、地域の豊かな実りを届けるクリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Jemina Valli(イェミナ・ヴァッリ)/ 養蜂家・起業家・有機農家

南ポホヤンマー地方のペラセイナヨキで生まれ育ったイェミナさんの原風景は、母方の家系に代々継承されるヤラスヤルヴィの農場です。外祖父のマルッティおじいちゃんとは特に心が通いあい、2人は動物や自然に囲まれて過ごすことを好み、古くて美しい建物に心惹かれました。

マルッティさん夫妻は酪農家として生計を立てていましたが、それはイェミナさんに物心がつく頃までの話です。1994年に夫妻が飼っていた最後の牛を見送って以降、農場に動物たちの姿はありませんでした。飼料や搾乳機も、やがては撤去されてなくなってしまう。在りし日の思い出に目を遣りながら、幼いイェミナさんは農場暮らしへの憧れを募らせました。

「母方の家族が所有するヴァッリ農場には1751年から人が定住しています。祖父母が酪農を辞めたあと、農場は耕され、畑になりました。いつか農場で暮らしたい。6歳の頃に芽生えた夢は、その後も膨らむ一方でした。」


基礎教育を終えてからは専門学校に進学し、卒業時には高校とメルコノミ(ビジネス分野の職業資格)の2つの学位を同時に取得しました。19歳のときに一家はヤラスヤルヴィへ移り、イェミナさんは地元で働きながら結婚し、2人の子宝に恵まれました。

家族や友人と集える素敵な空間を創造したい。20代後半に差し掛かり、イェミナさんは人生に大きく関わる決断をしました。2020年、母と叔母からヴァッリ農場を購入したのです。

「ヴァッリの一族に10世代にわたって受け継がれた農場を継承できることを名誉に思います。安心できる環境で子育てがしたいという願いも叶えることができました。娘たちも動物が大好きで、農場のことをよくわかっています。私たちの農場では現在、ミツバチのほかに、ニワトリ、アヒル、羊、ウサギ、モルモット、猫を飼育しています。農場のツアーでは子どもたちがゲストの手を引き、生き物を紹介して歩くこともあります。私たちの小さなガイドによると、夏にお越しいただくのが特におすすめだそうです。」


イェミナさんはサーリヤルヴィで2年間農業を学び、ヴァッリ農場での新たな事業のパートナーにミツバチを選びました。

「私たちが暮らす地域では農業が盛んに行われています。起業を考えるにあたって、畑や森林の分野で競い合うつもりはありませんでしたし、みんなにとって有益となる解決策を検討していました。ミツバチは植物の受粉を助け、私には蜂蜜を恵んでくれます。当時この辺りにはミツバチがあまり生息しておらず、元々興味もありました。」

蜂蜜や蜜蝋を採取するためにミツバチを飼育する養蜂の歴史は、約5000年前まで遡ることができると言われています。世界に生息するミツバチはわずか9種類で、例えば、私たちが日頃見かけるニホンミツバチはトウヨウミツバチの日本亜種を指します。一方、フィンランドをはじめとするヨーロッパでは、ヨーロッパ・アフリカを原産とするセイヨウミツバチを使った養蜂が主流です。

ヴァッリ農場でも、セイヨウミツバチの亜種となる3種のミツバチを育てています。スロベニアのカルニオラ地方に由来する「カーニオラン」、世界中の養蜂家に親しまれる「イタリアン」、病気に負けないスーパーミツバチとして学術誌に取り上げられたことのある「バックファスト」を飼育しながら、徐々にカーニオランに移行しているそうです。カーニオランは温和な性格で集蜜力が高く、低温にも耐性があります。イタリアンと比較すると、体長は大きく舌が長いため、蜜腺が長い花からも採蜜できるのが特長です。

セイヨウミツバチとニホンミツバチでは飼育も採蜜方法も異なります。セイヨウミツバチの場合は、養蜂家はまず、木製の巣箱の中に巣枠と呼ばれる板のようなものを敷き詰め、蜜蝋でハチの巣の形をした巣礎を貼りつけます。ミツバチはそれに倣い、体内から分泌される蜜蝋を使って巣を作るのです。蜂蜜を採取するときは、巣枠を取り出して手回しの遠心分離機にかけます。

「フィンランドの夏は短いので、養蜂に関するスケジュールは1年を通じて慎重に計画されています。ミツバチはだいたい10月から4月頃まで、巣の中で身を寄せ合って暖をとり越冬します。その間も養蜂の仕事に休みはありません。餌をあげたり、健康状態をチェックしたりとミツバチのお世話をする一方で、製品を製造し、販売計画を立てます。」


イェミナさんは、ビジネスパートナーのエリサさんと2022年に〈 Hunaja Hetki 〉を創設しました。ヴァッリ農場があるアラヴァッリと、エリサさんが暮らすイーッタラの2箇所に拠点を構えます。エリサさんの家族はハメーンリンナの農場で養蜂の仕事をしています。

「私たちの2つの農場では、どちらも同程度の数のミツバチを飼育し、採った蜂蜜を販売したり、蜜蝋キャンドルや化粧品などに加工したりしています。ミツバチの巣から花粉やプロポリス、ペルガ(蜂蜜で発酵させた花粉)などを採集しますが、最優先すべきはミツバチのニーズです。ミツバチがどれだけの蜜を必要としているのか。採蜜できるようサポートし、ミツバチの健康状態を管理します。」

ミツバチはアリの巣や鳥の渡りと同様に「コロニー」と呼ばれる集団を組織し生活します。近年、セイヨウミツバチのコロニーが減少する蜂群崩壊症候群に注目が集まる一方、ミツバチは環境指標生物の一つとされ、その生産物や植物の受粉に作用することから様々な研究の対象となっています。

今年の夏、イェミナさんは欧州10か国11の組織で進められている国際共同プロジェクトに参加しました。また、ミツバチの活動を追跡しているヘルシンキ大学の研究グループがヴァッリ農場を訪れた際には、サンプル採取にも協力しました。

「私自身、現在はセイナヨキの応用科学大学でバイオ食品工学の技術者になるための勉強をしていますし、フィンランドのミツバチ協会が主催する研修にも積極的に参加して、新しい知識と技術習得に積極的に努めています。ミツバチは生き物ですので、気候変動や様々な外的要因の影響を受けます。Hunaja Hetki で取り扱うプロダクトの品質を保証するためには、私たちも知識やスキルを絶えずブラッシュアップしていく必要があると考えています。」


ミツバチには蜜集めに関していくつかの習性があるそうです。例えば、見つけた蜜源には蜜を採り尽くすまで通い続ける。そしてその蜜源を独り占めするのではなく、仲間たちにも情報を共有する。まるで、何度もフィンランドに通っては情報を交換し合う私(たち)のようで、ミツバチが身近に感じられます。

目的を達成するために社会のなかで集団をつくり、役割に向き合いながら、お互いに影響を与えあう。まわりとの調和を配慮するあまり、人づきあいに疲れてしまうこともあるかもしれません。そんなときは、ちょっと遠くまで足を延ばしてみてはどうでしょうか。もしかしたら、新しい発見があるかもしれませんし、それを仲間にシェアしたくなるかもしれません。

\ イェミナさんにもっと聞きたい!/

Q. ヴァッリ農場についてもう少し教えていただけますか?
ヴァッリ農場では現在、100個のミツバチの巣箱を管理し、小規模ながら有機農業も行なっています。ミツバチは2025年までに完全にオーガニック養蜂に切り替える計画です。かつて農場で搾乳した生乳を保存するための牛乳タンクが置かれた石造りの納戸は、その一部を小さなファームショップに改修し、蜂蜜や蜜蝋キャンドルなどを販売しています。農場の母屋は、元々は1800年代に建てられたもので、1933年と1970年に2度改修されましたが、現在も古いかまどや昔ながらの縁側を復元しようと手を加えている真っ最中です。

Q. Hunaja Hetki の蜂蜜について教えていただけますか?
私たちのお店は2つの地域に拠点をもって運営しているので、ヤラスヤルヴィとハメーンリンナでそれぞれ採集された蜂蜜をお客様にお届けすることができます。蜜源となる植物には主に、ラズベリー、コケモモ、タンポポ、クローバー、ヤナギが挙げられます。その個性も様々で、タンポポの蜂蜜は結晶が大きく、黄色がかった硬めのテクスチャー、少し甘草のような味がします。コケモモの蜂蜜は茶色がかっていて甘みが強く、粘り気があります。また、是非お試しいただきたいのがフレーバーはちみつです。四季を通じて一番人気はラムはちみつ、秋が深まった今の時期は生姜はちみつやレモンはちみつが人気です。

Q. まもなく始まるクリスマスアドヴェントについて
このコラムが公開される頃には、私たちの農場でもイルミネーションやキャンドルなどが飾られてクリスマスムード一色に染まっていることでしょう。さまざまなギフト商品を準備してご来場の皆さまをお待ちしています。農場のほかにも、ヘルシンキのクリスマスマーケットに2つのブースを出店しますし、タンペレのクリスマスマーケットにも12月いっぱいお店を出します。クリスマスアドヴェントの最初のキャンドルに皆さんは何を願いますか?私は、平和と幸せ、それから家庭と仕事とバランスを願います。

Instagram:@usami_suomi