百人一首についての思い その1

 私は、小さい頃から百人一首にはなじんできた。しかし、競技かるたとしてのそれではない。なんとなくカードを読んでいただけのことだ。少し大きくなって、百人一首の歌の中には、別段優れているとも思えない、理屈っぽいものや、良く意味が理解できない歌があることに気がついた。そして、長い間、優れた歌人であった藤原定家が、なぜこの百首を選んだのだろうかと疑問を持っていた。
 
 もっと別の歌を選んでも良かっただろうにとか、それぞれの歌のどこを良しとして選んだのだろうとか思っていた。何らかの選定基準を藤原定家は持っていたはずだか、様々な古典や歴史的出来事をよく理解できていない私には、定家の歌の選定基準が全く理解できなかったのだ。しかし、『ねずさんの日本の心で読み解く百人一番歌』(小名木善行著 彩雲出版)を読んで、長年の疑問が解消した。そして、『英語で読む百人一番歌』(ピ―タ―・J・マクミラン著 文春文庫)という非常に楽しい本にも出会った。この二冊の本を読み解きながら、百人一首の素晴らしい歌を味わっていきたいと思った。
 
 一番良いのは、『ねずさんの日本の心で読み解く百人一番歌』を読んでもらうことである。そうすれば、小名木さんが言いたいことがよく理解できる。しかし、この本は590ページにもなる大作である。これを読み通すのはかなり骨が折れる。それに、私がこの本を読んで思うことや書き記したかったことなどもあるので、私独自の思いをまとめたいと思った。
 本考察は小名木さん(通称ねずさん)の主張を簡略にまとめたものではない。小名木さんの導きに従って、自分の溢れ出る感情と少ない知識で思うままに書き上げたものだ。だから、小名木さんが書いたことの百分の一も書いていない事柄や、全く触れなかった事柄や背景もあるとご承知いただきたい。あくまでも、小名木さんの歌の解釈を読んだ上での私個人の思いと解釈を書いたものだ。
 
 一言お断りしておくが、百人一首の読み方や受け取り方は何通りあっても良いと思う。いわゆる専門家の中には、この小名木さんの解釈には反発する人もいるのかも知れない。表に込められた意味だけが大切なのだという解釈もあるかも知れない。しかし、私は、小名木さんの解釈を読んで本当にその通りだと思った。だからこそ、冥土の土産にするつもりで、この駄文をまとめた。小名木さんの名著の他は不必要な駄文であっても、私には私なりの思いを書いたものになった。
 
 なお、漢字仮名交じりの和歌の表記は、『ねずさんの日本の心で読み解く百人一番歌』の表記に従った。『英語で読む百人一番歌』では違う表記の場合もあるので、ここで改めて記した。また、漢字にふりがなが必要な場合には、ふりがなの代わりに( )で読み方を示した。

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