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『サイクロジック』(オリジナル長編小説)〆

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未来学園高等部の生徒である陸上部の青年、天野誠也(あまのせいや)は偶然出来た休日を利用して未来区の隠れ釣りスポットである未来湖へと向かっていた。 釣りを始めたのも束の間、天候が荒… もっと読む
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【長編小説】サイクロジック まとめ読み前編(プロローグ、第1話、第2話)

『サイクロジック』 プロローグ 『落雷直撃 男子高校生重体か 未来区南部』  午前十時十二分、未来区南部の未来湖で男子高校生の天野誠也さん(17)が落雷の直撃により未来病院へと緊急搬送されたことが分かった。未来署によると天野誠也さんは当時、未来湖で釣りを行っていたと見ている。〔未来日報夕刊より抜粋〕 ◇  やけに眩しい日差しが視界を一瞬見えないものとする。  季節は夏。気温も高く、ジメジメとした湿度が身体を襲う。それに対して俺はいよいよ我慢ができず、自転車を止めて手のひ

【長編小説】サイクロジック まとめ読み後編(プロ・プロローグ、第3話、第4話、第5話、プロ・エピローグ、最終話、エピローグ)

『サイクロジック』 プロ・プロローグ  これはとある愚かな人間たちの、世界を再創造させた、たった一つの御伽噺。 ◆ 「高いな……」  青年は、目の前に聳え立つ高いたかいビルを見上げ、その社名を反芻する。  未来工業。設立二年目にしてあらゆる面で世界一となった大企業の名前である。 「……俺、今日から本当にここで働くんだよな?」  青年は緊張で気分が悪くなったのか、ゆっくりと後ろに停まった車を振り返る。 「私はここまでです。このまま真っすぐお進みください」 「……あ

【長編小説】サイクロジック プロローグ(1)

『落雷直撃 男子高校生重体か 未来区南部』  午前十時十二分、未来区南部の未来湖で男子高校生の天野誠也さん(17)が落雷の直撃により未来病院へと緊急搬送されたことが分かった。未来署によると天野誠也さんは当時、未来湖で釣りを行っていたと見ている。〔未来日報夕刊より抜粋〕 ◇  やけに眩しい日差しが視界を一瞬見えないものとする。  季節は夏。気温も高く、ジメジメとした湿度が身体を襲う。それに対して俺はいよいよ我慢ができず、自転車を止めて手のひらで日光を遮った。 「暑いな……

【長編小説】サイクロジック プロローグ(2)

「本当に怜奈が脅迫されてるってのか? あの怜奈が?」  突然の呼び出しだというのに快く応じてくれた洸一の当然の疑問に俺は無言で頷きながら自室の窓から園宮邸へと視線を向ける。 「ああ、間違いない。今日中に怜奈が屋敷を抜け出すようなことがあれば確実だ」  洸一には俺がメッセージの文章を盗み見ることができるようになったことはまだ話していない。洸一は信じてくれるだろうが説明をするのに時間がかかり、その間に怜奈を見逃してしまっては元も子もないからだ。  怜奈の一挙手一投足が監視さ

【長編小説】サイクロジック 第1話「Rolling Days」(1)

 未来学園。未来区南部に住む俺や怜奈、その反対側の北部に住む洸一までもが通う未来区に一つしかないマンモス校の名前である。  未来学園初等部を卒業した全ての生徒はそのままエスカレーター式に中等部と高等部を経て大学部へと進学する。俺たちの通う高等部の二学年だけでも十五クラス存在するため、狙って友達と同じクラスになることは難しい。  そんな中でも俺と怜奈、洸一の三人は天文学的な確率の壁を越えてめでたく同じクラスである二年十五組に在籍している。 「……私、この場所、見覚えがあるわ。

【長編小説】サイクロジック 第1話「Rolling Days」(2)

「それじゃあ始めようか、記念すべき都市伝説研究サークル一回目のディベートだ」  視界の奥で、一目で多くの視線を集めるであろう端正な顔を持ち、更にはそれすらも霞ませるド派手な金色の髪を撫でている青年がこちらの瞳を覗き込んでいる。 「……ああ、自己紹介がまだだったね。僕は隣のクラスの神村ジルド。君とちゃんと挨拶するのはこれが初めて、かな」  神村ジルド。  今年の四月に未来学園へと編入してきた白人のクウォーターである。どこの国の出身かは知らないが、日本人好みの外国人顔のため

【長編小説】サイクロジック 第1話「Rolling Days」(3)

「お、来たか天野!」  陸上部の顧問、北村が俺を見付けるやいなや大声で名前を呼びながら近付いてくる。  俺たちの通う未来学園高等部において陸上部が使用を許可されているのは高等部の校舎と大学部の校舎のちょうど中間地点に存在するここ、高等部第八グラウンドのみである。マイナーな運動部ならば初等部・中等部や大学部と合同で練習が行われるなんてこともざらにあるのだが、未来学園高等部の陸上部は少し歩かないといけないとはいえこのように専用のグラウンドがあるだけ恵まれていると言えるだろう。

【長編小説】サイクロジック 第1話「Rolling Days」(4)

「――あ、起きちゃったか」  気が付くと、俺の視界には怜奈の端正な顔が映っていた。 「……何、してんだよ」  どうやら俺は自室に寝かされていたらしい。  既に窓から差し込む明かりは赤みがかかっており、日が落ちかけていることを示していた。 「別に。アンタが急に気を失ったみたいだから直前まで何やっていたのか少し気になっただけよ」  怜奈の言葉に従って記憶を探る。 「……朝練が終わった辺りから記憶があやふやだ」 「きっと落雷の後遺症よ。痛めた身体でバカやってるからそんな

【長編小説】サイクロジック 第2話「Electric Carnival」(1)

 眩い快晴が未来学園を照らし上げる。  いつもならば鬱陶しく感じるほどのこの暑さだが、今日この日、文化祭当日に限ってはその温度は祭りを盛り上げるための一つのシチュエーションにしか成り得ない。 『これより、第八回未来学園祭を開始致します』  放送部のアナウンスが大量に設置されたスピーカーによって校舎全体に響き渡り、それと同時に未来学園の正門が開き始めた。 「――さあ、まずはわたがしを買いに文化部A棟へ向かおうよ! ほらほら、こんなところでへばってちゃ駄目だよ? 何てったっ

【長編小説】サイクロジック 第2話「Electric Carnival」(2)

「よし、時間だ。見回りはこんな所でいいだろう」  時刻は十四時。相も変わらず太陽は射殺すような熱気で未来学園を煽り続けている。  午前の部とはうってかわって風紀委員の腕章をしっかりと巻いた潴溜との見回りが終了する。午前中は深山先輩に導かれるまま職務をおざなりにしてしまったためその分を取り返そうと気を張っていたのだが、見回り中にとくに問題が発生するわけでもなく未来学園の治安の良さを改めて感じるだけの内容となってしまった。 「お疲れ様でした天野先輩。……失礼ですが、これから何

【長編小説】サイクロジック 第2話「Electric Carnival」(3)

 白い世界に俺はいた。  白く明るく、煩い世界。  その世界では俺が世界の中心であるかのように周囲を幾つもの電子携帯の画面のようなものが浮遊していた。  音声は様々な場所に設置された集音機とリンクし、飛び回る文字は無限に生み出されるメッセージの文章とリンクしており、画面に流れている映像は未来区中に隠された監視カメラとリンクしていた。  そして、俺はこれら全てを自在に操ることができるということだけは何故か手に取るように理解することができた。なぜならそれが、俺の本来の能力だから。

【長編小説】サイクロジック 第2話「Electric Carnival」(4)

「エエエエエェェェェェぇぇぇぇぇエエエエエえええええイイイイイぃぃぃぃぃィィィ‼」 「セエエエエぇぇぇぇぇェェェェェえええええエエエエエいいいいいィィィィィぃぃぃ‼」  第九体育館のステージ上で軽やかに潴溜が舞う。まさか彼女が風紀委員の他に薙刀部に所属しているとは思わなかったが、非常時にも関わらず冷静に自らの役目を全うしているのは彼女の性格ゆえだろう。  俺は器用に薙刀を振り回す潴溜の姿を必死に追いかけながら隣の席で静かに眠る深山先輩を一瞬見やると、先ほどまで繰り広げられて

【長編小説】サイクロジック プロ・プロローグ(1)

 これはとある愚かな人間たちの、世界を再創造させた、たった一つの御伽噺。 ◆ 「高いな……」  青年は、目の前に聳え立つ高いたかいビルを見上げ、その社名を反芻する。  未来工業。設立二年目にしてあらゆる面で世界一となった大企業の名前である。 「……俺、今日から本当にここで働くんだよな?」  青年は緊張で気分が悪くなったのか、ゆっくりと後ろに停まった車を振り返る。 「私はここまでです。このまま真っすぐお進みください」 「……ああ、ありがとう」  ここまで青年を送っ

【長編小説】サイクロジック プロ・プロローグ(2)

 利世が未来工業へ入社してから半年以上が過ぎていた。研究は順調に進んでおり、リヴァイアサンの開発は最終段階へと移行していた。防国壁も未来区への建設は完了し、現在は日本全土への建設が始まっている。しかしそれに伴い各地で詳しい事情の説明を求める反対運動が激化し、事態は難航していた。  そして未来工業でもまた、争いは日々起こっていた。 「どうして洗脳の適用範囲域に日本が含まれているんだ! これじゃあ他国をけん制するためという軍事兵器の開発を正当化するための理由の根底が覆ってしまう