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『線香花火』にトドメをさしたお話。


「最後に夏っぽいこと、なんかしない?」


友人の転勤を間近に控えた残暑の頃。
お気に入りの熟成肉店からの帰り道に、一人がぼそっとつぶやいた。

夜もすっかり更けていて、あと1時間半もすれば終電を迎える。おなじみのメンバーと地元で過ごせる最後の夏だっていうのに、どうも平々凡々な日常を過ごすのが得意で出不精な私達は、思い出らしい思い出を作らずにいた。

いや、一緒に遊んだその日の出来事が全部記憶に残るくらい濃いメンツだったんだけれど、世間一般でいうところの「思い出作り」が全然できていなかった。

たとえば、海、山、川、花火。とか、そういうわかりやすいの。

だいたい私達は、肉、地元、麻雀。からの肉。って感じだった。

別にステレオタイプな思い出なんてなくても構わない~って心持ちだったけど、このときばかりはシチュエーションが完璧だった。
生き残ったセミの声に、そこそこ強く吹き付ける風、まだまだ新鮮味が抜けないスーツ姿。なんというかちょっとしんみりした空気が漂っちゃったのだ。私達らしくもない。

「せっかくだし、花火とやらを買いに行こうではないか」

なぜか古事記風の口調で提案をのんだ。下手くそな照れ隠しだったと思う。
その場には私含めて4人いた。けど、内の一人は「悪いんだけど、明日仕事早いから」と、終電手前の電車でドナドナされていった。

のちにこの友人Tは「うわ~~終電なんて気にしないで行けば良かった…!」と後悔するハメになるのだが、この時のこやつには知る良しもなかっただろう。ふふん。おろかな仔牛め。

・・・

荷馬車にのせられたTを見送ったあとは、近場のドンキで花火を物色した。
もう夏の終わりも近く、用済みだといわんばかりの出血大サービス、もとい在庫処理コーナーに大量の花火が放り込まれていた。ぜんぶ嘘みたいに安い。

よって片っ端から買い漁った。ろくにパッケージも見ないまま「あ、これよさげじゃない?」「これも買おう」と買い物カゴの中で鬼のようにかさばっていく。あ、あとはルールも厳守するべく、ちょっと色素薄めの小さな青バケツなんかもしっかり買った。鎮火大事。

思いつきのわりには、リテラシーがちゃんとしてた当時の自分たちを褒め称えたい。なんか大人になっちゃったね君たち、とよくわかんない懐古の仕方をしている私。

そういって、一番大きい袋に詰め込んで夜の繁華街(田舎)をぶらぶらと歩き始めたところで。

「で、どこで花火する?」

そう、何も決めていなかったのだ。いやもう買っちゃってから何言うとん。
いまさらながら、本気で場所の候補の選定をしていなかった。
既に手元にはガサガサとうるさい花火詰め合わせが2袋。まんまと在庫処分させられた憐れな大人が3匹立ち尽くしていた。
前言撤回。君たち、まだまだ子供だわ。

それから、スマホで場所を探しはじめた。
でも有名な花火会場とかがヒットするばかりで「違う違う、そうじゃな~い♪」とか謎テンションのままスワイプしまくっていたが、結局イイ候補地が見つからなくて途方に暮れた。
途方にくれすぎて「…お前ん家、花火いける?」とか言ってくる始末。ウチを燃やす気か貴様。

「あ、うちの近くに公園があったわ。そこでいいんじゃない?」

成人してからすっかり意識しなくなっていた公園の存在を思い出して、歩いていくことにした。
住宅地の奥にいくにつれて街頭も減っていって本格的に暗くなっていく。夜風の中、スーツ姿で花火を抱えた三人組なんて、今この世界に私たちだけだったと思う。ちょっとだけワクワクしていた。

・・・

その公園は簡素な作りで、地面がへっこんだ四角い砂場と、勢いの微妙な水飲み場、端っこにいくつかベンチがあるだけで目立った遊具のない公園、というか広場くらいの規模だった。

到着するやいなや、水飲み場のまわりに陣取って(私達しかいないけど)袋の中身を物色することにした。色とりどりのよくわかんない花火にテンションも上がっていく。

まずは定番のススキ花火、とやらからだ。
文字通りススキのように火花が曲線を描いて、サァーと音がするタイプ。

花火グッズ ニュー20変色すすき

私達の夏が、いま始まろうとしていた。

「…ちょっとまって、火つかない。」

出鼻をくじかれる。
喫煙始めたての友人Sが手に持ったライターを必死にカチカチしているが、なかなか火が起こらない。そうだ、今、結構風が強い。
すると、横から友人Cがしたり顔のままきみの悪い笑い方をしていた。

「ふふふ、こんなこともあろうかとチャッカマ~「あ、ついたついた」

友人Cはドラえもんが四次元ポケットに手を突っ込んだまま静止したみたいになっていた。まだ一つも花火が灯ってないにもかかわらず、公園が笑顔に包まれた(全3名)
しかしライターではどうにも安定しないので、ささっとチャッカマンを渡していた。間の悪いドラえもんですこと。

気を取り直して、ススキ花火に火を灯す。が、しかし、つかない。
友人がおかしいな…と首をかしげながら先端を何度もチャッカマンで炙る。

「え、それ逆じゃない?持ち手につけようとしてない?」

友人Sの天然がここで炸裂した。
持ち手側を丹念に炙ったそのススキ花火は、もう掴みようがないくらい短くなっていた。
そのド天然の炸裂こそ、私達にとって真の花火だったのかもしれない(?)

また公園が笑顔につつまれたところで、折れた直剣になってしまったススキをバケツに入れる。
気を取り直して友人Sが二本目のススキを手に取る。今度こそ正しいほうに火をつけた、はずだった。

ちょっと状況の説明をしたいのだが、このとき友人Sは「ススキ花火の持ち手を地面につけて、垂直に立てたまま切っ先に着火」していた。なので、着火地点は間違いなく、正しい。

だが、その状態から浮き上がった火花が一定の高さまであがると重力により反転。Sに火の雨が降り注ぐカタチになった。

「アッツ!!!!!」

火の雨の中、踊り狂う友人Sは美しかった。

そうして踊りにでかけてしまった友人Sからの支えを失ったススキ花火。
地面に倒れ、砂にまみれ、あえなく鎮火した。いとかなし。

もうこの三人組はとにかく花火が下手だった。悲しいくらい花火の経験がないのだ。一生慣れないことをしていた。

・・・

次に私は、強烈な発光がウリのスパーク花火を取り出していた。

スパーク花火/Party sparkler


とりあえず終電までになんとか消費しなければならないと、ドンドン開封の儀を行っていった。
ドラえもんがなかった事にしようとしたチャッカマンをそっと借りて、全員の前で点火する。ブシュっという音とともに閃光弾が炸裂したみたいに世界が白んだ。

「わっ、眩しッ」

全員目を逸らした。肝心のスパークする瞬間をあえて見ないというまさかの結末。光に照らされた全員の顔は、もれなくしかめっ面だった。じきに元の暗闇に戻っていくと誰ともなくツッコミが入った。

「…いや、最初の感想、眩しいって…笑」

多分これが恋愛シュミレーションゲームだったら間違いなく好感度だだ下がりバッドエンド直行クラスの選択だったと思う。素敵だね、とかキレイだねって言え!
しかし純朴な三人は頑なに嘘をつかなかった。どこまでも正直者たちである。だからこんな時間にこんなところにいるのである。

・・・

続いては吹き出し花火。

砂浜に置かれた噴出花火

これならちょっとはそれっぽい雰囲気になるのではないだろうか?!
もはやコントみたいなフリとオチばっかり続いているこの状況をなんとか打開したかった。

そうして友人Sが点火してから大げさなまでに距離を取る。
すると筒状のフタから発光した弾丸が空高く打ち上げられて、宙空で爆発した。主張がいやに激しい炸裂音が住宅の間を駆け巡った。

「うるさっ」
「まって、それロケット花火じゃね?」

時刻は23:30。
予想していなかったまさかの爆音に、周囲をキョロキョロと見渡しておもわず身を縮めた。もうその様子は完全に不審者のそれだった。
吹き出し花火でもなんでもなかった筒は、一回吐き出したっきりうんともすんとも言わなくなっていた。
物言わなくなったそれを、お通夜みたいに黙って片付け始める私達。

しかし、だんだん耐えきれずに笑いがこみ上げてくる。

だって、ここまでの花火の感想が、

「あつい、まぶしい、うるさい」なのだ。

なんだその三重苦。早い安い美味い、の逆張りセットか。
どうやったらここまでミスれるのか分からなくて、それからはもうひたすら笑っていた。
たぶんロケット花火の炸裂音より私達の笑い声のほうがよっぽどだったと思う。近隣住民のみなさん本当にごめんなさい。

そろそろ潮時と、公園に飛び散った花火の残骸を集めることにした。
小さなバケツはすぐに一杯になってしまったので、ビニールの袋にも水を貯めてゴミを入れることにした。

ちょっとテンションの抜けきっていない友人Sは、遠心力のテストと称して水の入ったビニールをぐるんぐるんと回していた。水がまったく溢れない様子に「スゲー!」と感心する大人3人。一晩で知能指数がすっかり暴落してしまっていた。

・・・

それから思い出したかのような提案があった。

「最後に線香花火だけやらない?」

それいいね!と全員同意で線香花火だけやって帰ることにした。

線香花火なら、あついも、まぶしいも、うるさいもない。
待ち望んでいた「キレイ」って感想がついに飛び出すかもしれないし、なんとなくいい感じの余韻でこの催しを終われる気がした。

残り物が大量に残った袋をガサガサと漁る。
しかし、肝心の線香花火が見当たらない。あれ?確かに買ったはずなんだけどな…。一応二人にも話を聞いたが、買った記憶はあるはず、とのことだ。

急なミステリーに困っていると、最高(最悪?)のタイミングで名探偵Cが真相を暴いてしまった。


「ちょ、Sさ、その袋の中、まだなんか入ってたりしない…?」


Sが片手に吊り下げていたビニール袋に、本人も含めて一斉に目が向く。

花火の残り滓に混じって、底のほうに平ったくなった未開封の袋が発見された。「線香花火」と書かれていた。

取り出してみると、もうぐっちゃぐっちゃで、事切れていた。

そう。そうなのだ。

Sは、まだ未開封のそれを残したまま、袋にたっぷりと注水して、ドラム洗濯機ばりの遠心力をもって線香花火の未来をこっぴどく破壊していたのだ。

どうも、話を聞くと「確かに…水がね…変なピンク色してたとは思ったんだよ…」らしい。

紛れもなく、そのピンクは線香花火の色素が溶け出していた証拠だった。
事切れた線香花火を改めてみると、ぜんぶブリーチをかけたみたいに脱色されていた。

もうこのときほど、呼吸困難に陥ったことは、過去になかったかもしれない。立ってられなくて片膝をついてたし、もう笑いも声にならなくて、明石家さんまさんみたいな音声しか発することができなかった。

「あつい、まぶしい、うるさい」の最後は「(火が)つかない」でキレイに〆られたのだ。

結果的に「花火は全部失敗した」のだからすごいことである。
紛れもなく、世界一花火の下手くそな三人だった。

・・・

後日、ドナドナされた友人Tにもこの話をすると、「俺さえついていれば…!」と謎の後悔をしていた。
でも、もしTが居た場合、花火がうまくいって”しまった”かもしれないし、それこそ平々凡々な花火大会で収まってしまったかもしれない。

エモさも何もなかったけれど、私にとって忘れられない思い出だ。
下手な恋愛ドラマのワンシーンより、よっぽど唯一無二な体験だったと思う。
今も思い出しては、友人たちと酒の肴にしている。




ちなみに余った大量の花火は、全部押し付けられました。



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🐄このお話の直前談があったりするんだけど、こちらもいかが?🐄



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