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そういえば、無くなっちゃった「本格インドカレー屋」さんの話。

8年前になるだろうか。

まだコロナのコの字もなく、友達たちと遊べることのありがたさを再認識する前の話だ。

近所に行きつけの「本格インドカレー屋」があった。
そう、あったのです。過去形。つまり現在はもう撤退してしまってすっかり空っぽになってしまったテナント募集スペースがぽつりとあるだけ。


映画館に隣接していたそのカレー屋は、作品の感動や後読感を噛みしめるそんな至福の一時を味わうのに最適な場所でもありました。劇場を出れば徒歩1分もかからない。まだ映画の記憶が鮮明なままパッと飛び込める気軽な立地。

しかも、いつも空いていました。劇場正面から見ると死角になっている場所で営業していたので、知る人ぞ知る感じの雰囲気が漂っていて、秘密基地に向かう子供のような心境でよく立ち入ったものです。


たまに友達と鑑賞しにいった帰り、あまり邪魔にならない人数だったら、こっそりと連れてゆくのです。きっと私の企み顔を見て一瞬警戒をされていたことでしょう。しかしお店でカレーを堪能して会計を済ませた頃には、また一人二人常連が増えた、という結果に終わっていた気がします。


そのカレー屋さんの店員は全員がインド出身の方でした。ツンと鼻をつくスパイシーな香りが隠すことなく店内に広がっていて、BGMもなく、木製のイスやテーブルを基調としたエスニックな雰囲気がまるで国外の店に迷い込んだと錯覚させる異国風。

おそらくですが、演出としてエスニックに仕立てた、というより店員たちの生活様式に合わせた結果、自然とそうなってしまったような必然性を感じます。作られたものではないありのままの情緒感が、私はひどく気に入っていたのです。

愛想笑いもない店員さんに声をかけると、やや怪しげな日本語で懸命に注文をとりにくる。なんとか身振り手振りで、メニューを指し示したり、大盛りを伝える時に胸の前に大きな丸を描くジェスチャーで補足したりする。

そうすると向こうは右手でグーを作って親指だけ立てて口に近づけたりする。はて、なにか?と思うと「何、ドリンク? オキャクサン」というので、ああなるほど飲み物を聞いているのかと理解して、注文を新たにする。

次回来店した時には、逆にこちらからそのジェスチャーをしてみると、ムスッとした店員の顔も晴れやかなものに変わったりして、嬉しかった。オキャクサン、ワカッテルネ!と言わんばかりの満面の笑みだ。

右手でグーを作り、親指だけ立てて親指を口元に持って行く
インドでは、この動作は「飲む」になります。
「喉が渇いた」や、「何か飲む?」という意味のジェスチャーです。

国によって意味が違うジェスチャー100選

はじめこそ、唐突なグローバルコミュニケーションの発生に戸惑ったし、刺激には事欠かなかった。ですが数こなして慣れてくると不可思議だったコミュニケーションもすっかり腑の落ち、”非日常”から”日常”へと心落ち着ける場所になっていった。

新メニューが出たと聞いて、勇んで注文したときは「オキャクサン、コレ、スゴク辛イ、ダイジョブ?」なんて心配もしてもらいました。「OKOK」なんて気前のいい返事をしたものの、案の定私は食べきれず残してしまった。実は辛いものが苦手だったけど、常連の自覚があった手前、見栄を張ってしまったのです。あの時の恥ずかしさと言ったら思い出すだけで顔から火がでそう。顔面ヨガファイアーである。


もちろん、出てくるカレーはどれも一級品に美味しかった。セットメニューが中心なのだが、デフォルトですべて”ナン”になっている。カレーライスが食べたければ、オプションでライスに変更しなければならないのだ。

しかし、変更する必要はない。なぜならこのナンこそ超一級品の代物だからだ。
ふわふわでもちもち。ガラス張りの厨房をのぞけば今まさに生地をこねくり回す店員の姿が拝める。そしてそのままダイレクトにトレイに乗せられて運ばれてくるのだが、これが異様にデカい。トレーから普通にはみ出している。ちゃんと測ったことはないが、多分30cm定規では収まりきらない。全長38cmくらいある。とにかく巨大だが、小麦粉の甘みがふんだんに広がって、ところどころにボコボコと膨らんだ焦げ目がまた味の深みとバラエティを加えていた。

さらに信じられないことだが、この馬鹿みたいに巨大なナン。
ナンと100円でおかわり可能なのだ。ナンだってーーーー?!?!


財布から銀色のちっぽけ硬貨一枚取り出すだけで、40cm近い巨大なナンに変換されてしまうのだ。こんな法外なコトがあっていいのだろうか?と思いつつも残り少なくなったルーをふんだんに塗りつけて、頬張る。おいしい、作り置きや冷凍食品では感じられないモチモチとちょっと火傷しそうなぐらいの熱さが口の中に広がる。とんでもないコストパフォーマンスだ。これで私の友人もナン人か心を掴まれてしまった。

そういえばトレーについて言及していなかったが、日本人的感覚でいってしまえば食器の在り方は横柄なものだった。
まず飾り気の一切ない大きなシルバートレイが1枚、その上にこれまた無骨な銀のボウルが2つ、それぞれサラダとカレールーが入っている。レトリックな装飾など一切ない。例えば一般家庭でよくある、ハンバーグをこねる用の銀ボウルと変わらない。そしてナンが巨大なもんだから、そもそもそのシルバートレイからはみ出している。

だけど私はこの無骨さが大層気に入った。サラダ用にと小さなフォークとスプーンが机に置かれているが、正直これは使わなくてよいくらいだ。熱々のナンを手でちぎって、ルーに漬け込んでそのまま食べる。勢いでサラダを手づかみ、、、してもいいんだけど、やはり抵抗があるので、そこはフォークを引っ張り出してしまう。

郷に入っては郷に従え、店内に入ったお客さんはみんなこのスタイルに落ち着いてゆく。店の空気感も相まって、気分は海外旅行だ。ルーも日本風カレーとは違って、スパイスそのものの存在感を舌で味わえる。ゴロっとした大ぶりのチキンやポークが入っているのもポイントだ。

そうして、2つめのナンを平らげた頃を見計らって登場するのが、なんの変哲もないラッシーだ。上にミントが乗っていたりするわけではない。しかし、こちらも量が多い。500mlペットボトルくらいかさのあるグラスになみなみとラッシーが、なんとかといった具合で収められてる。これをちびちびと飲みながら、友人と映画の感想を語り合ったり、ときは一人で悦に浸ったりするのが私にとって至福の時間だった。


居座る、というと聞こえが悪いかも知れないが、隠れ家的ポジションの立地もあいまって席が埋まる、ということはなかった。おそらく店員さんからも「アアイウ オキャクサン」「タマニ アタラシイ常連候補 ツレテクル」って感じで認知されていたことだろう。変に話しかけたりはされないが水のグラスが空けば継ぎにきてくれる程度。それが丁度よい距離感で居心地がよかったのだ。

値段も驚くほど安い。セットメニューは基本価格が680円だ。大体はここにラッシーと追加のナンを足しても1000円以内で収まった。これで儲けがでているのか心配になってしまう価格設定だったが、だいぶ長いこと経営を続けていた気がする。


会計をすませ店をでると、スパイシーな香りが周囲に名残惜しそうに置かれたまま。ここが日本と異国の境目だ、と大げさに思い残しては店を去る。映画館にいった後は、これが私の基本ルーティーンだった。とにかく、最高の店だった。



コロナが流行り始め、不要不急の外出が大きく騒がれた頃、1年ほどは映画館周辺に立ち寄らなかった。それほど店を開けたのは、初来店以来は初めてのことだった。大体月に1~2回は通っていたから。
コロナが落ち着き、映画館も一席づつ隣を空席にしながらなんとか経営を回していた頃、ひさしぶりにインドカレー屋さんに立ち寄った。

しかし、そこはもぬけの殻だった。まぁそうだよね、とがっかりはした。近所の私有地を管理するおじさんに秘密基地を解体された子供のようにしょんぼりしてしまった。自国に帰ったのか、経営不振によるものなのか、その両方か。私に知るすべはなかった。だが心のどこかで覚悟もしていたし、納得もした。これまで続けてきてくれた事。ただ感謝の気持ちだけが心に残った。(いままでありがとう。)

そこから幾年か経った今日。今だに、そこの元インドカレー屋さんのスペースは空いたままだ。きっとどんなテナントが来たとしても、しっくりはこないだろうなぁと。
近くを通りかかるたびに、あの頃と同じスパイスの香りが、まだまだ漂っているように錯覚する。

幻視ならぬ幻臭、という表現があっているかわからないけど、この在るはずもない匂いが、案外いいものに感じた。




という思い出の話でした。カレーたべたいね!


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