見出し画像

〔ショートショート〕        几帳面で忘れっぽい

 早朝の太陽の光を背中に浴びて、男がポスターを貼っている。

「1日増えた今日を、休日にしなかった人間を好きになる方法募集」

 男の身長が高いせいなのか、長い手足でポスターを貼る後ろ姿がどこか不器用に見える。白地に黒のストライプのスーツにネクタイ、柔らかくかき上げたオールバックには赤いメッシュが入っている。結んだ口元には、黄色のラメ入りリップ。その顔は険しく、真剣である。
 知り合いに頼んで、このコインランドリーの入り口に貼る許可を得た。だから、誰からも文句を言われる筋合いはないのだが、その風貌からは宣伝効果よりも「あまり、関わらない方がいいんじゃないか感」がするようで、通過する人たちは遠巻きに見るだけだった。
 この男、近所の人間からは、「ニワトリ」と呼ばれている。
 
 ニワトリは、朝は叫ぶことに決めている。
 理由は、世界中の目覚まし時計が朝を告げるから、いつも朝が喧しくて堪らないからだ。しかも、廻っている地球のいたるところに人間たちはすんでいるから、常に朝がやってくる。順繰り、順繰りとリレーでもしているように人間は、目覚まし時計を鳴らしては止める。
 しかもそれは一日だけの特別な行為でも、24時間限定の賞味期限付きの行動でもなんでもなく、永久に繰り返す。
 だから、24時間に1回叫ぶのは至極全うな理由からで、誰からも文句を言われる筋合いはないと、本人は考えている。

 ところが最近になって気が付いたのだが、4年に一度のペースで一年が一日多い。忘れっぽいニワトリは日記をつけているのだが、そのせいでこの法則に気が付いた。
 どうせ代わり映えのない平凡な1日がただ増えただけなら、黙って寝てろ。そう言いたかったのをぐっとこらえて、このポスターを貼りだすことにしたのだ。抗議と皮肉を込めて。
 ポスターを貼り終えて、コインランドリーの中で椅子に座る。
 洗濯機のモーターの音がする。
 やさしい音だ、と思った矢先、入り口を開けて客が入ってきた。あろうことか入り口の扉に少し、隙間が空いている。ちゃんと閉めていない。
 眉間にしわを寄せたニワトリは立ち上がり、店の外にでた。入り口の扉はきちんと閉める。当然、やさしく閉める。
 それから、急いで自分が貼ったポスターの前に立った。
 ポスターの余白に、マジックペンで書き足す。
「至急連絡求む」。

頂いたサポートは、知識の広げるために使わせてもらいます。是非、サポートよろしくお願いします。