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ポンパドール

 わたしは右手の甲に雀を飼うことにした。
 痛みを唄うこともことも許されないから、強くなれる。理不尽なことに押さえつけられるのは馴れているし、今回がはじめてというわけじゃない。だけど、だからこそウンザリするの。我慢さえしていれば、その声は野鳥のさえずりと変わらない平穏の括りの中に入れられる。
 だから、わたしは舌切り雀のタトゥーを入れることにした。
 
 そんな理由で雀が、わたしの右手に住み着いてからしばらくが経った。
 春の水は冷たく、シンクで食器を洗う指の間を伝う水が寒さで浮き出た血管の横を通り過ぎる。血管の中身は肌色を通して見るとすこしグリーンで、雀が止まって休むのに丁度良い枝のように見えた。
 春になると、他の鳥たちの鳴き声に誘われるように、舌のない雀が泣く。嫉妬しているのかもしれない。
 夜の街には、爺も婆もたくさんいる。洗濯糊を少し舐めたくらいで、躊躇なく舌を切る化け物と、それから、こちらを心配していても結局は婆のもとに帰っていく愛に依存した化け物。そんな化け物たちが夜な夜な酒を飲み、眠り、また朝になれば洗濯を始める。
 だから、雀は葛籠を用意する。
 大きな方にも、小さな方にも化け物を詰めて準備する。
 たった一羽の大仕事だ。誰もそこは評価してくれない。仕方ないかと、濡れた手をタオルで拭いて、街に出かける服に着替える。
 鏡の前で作る髪型は、前髪を持ち上げプックリ膨らませたポンパドール。
 白い頬には、そばかすが少し。
 茶色いコートはふわふわで、そのポケットには布切はさみ。

 知ってた? 実は雀って涙を流さないんだ。
 わたしの雀が布切はさみに止まっている。手のひらの内側で、金属の擦れる音がチュンチュン鳴いている。


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