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やさしい手ほどき ~On Elegance①

バスルームのヒヤシンスがあまりにも芳しくて、パチリと撮ったのですが、香り、届くでしょうか。

ヒヤシンス、白は初めてかも。
肉感的な花弁が艶めかしくもあり、でもやはり白だけが持つエレガンスも湛えています。香りも、白い花は格別に強いと聞きますが、本当ですね。満開の花弁からは、蜜のように甘く、それでいて清涼な香りが漂ってきて、姿同様、センシュアルでいて気品高くて……。

そんな白いヒヤシンス。ぼんやり眺めていたら、遠い昔のある朝を思い出していました。

エレガンスは更衣室にある!?

大学に入りたての頃ですから80年代半ばのことです。
一限目に体育があり更衣室に入るとA子がいました。A子とは同じ高校出身でしたので、並んで着替えを始めました。

あの日の自分は覚えていませんが、きっとジーンズにダンガリーのシャツを羽織り、足元はコンバースのバッシュにコットンの靴下という、そんな格好だったに違いありません。脱衣もわたしのことですから、シャツのボタンも全部外さずに頭からすぽんと抜き、Do!family(高校生御用達ブランドでした)の巾着袋からゴソゴソとTシャツやらジャージやらを引っ張り出して、という。

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一方のA子は、ジーンズやパーカーが定番だった高校時代は既にアルバムにしまったようで、見事に女子大生に変身していました。80年代と言えばボディーコンシャス。タイトなスタイルが、曲線的な肢体を持つAによく似合っていました。透き通るほどに色白で、小さな口元をピンク色に染め、豊かなストレートヘアをなびかせた姿は、肉感的であり清楚でもあり。

そのうちに更衣室は混み合ってきたので、おのずと身体を寄せ合うことに。するとAの身体からは甘い花のような、それでいて清涼な香りが漂ってきます。コロンしか知らなかった私でも、それが香水だということは分かります。香水をつけるだなんて、いつの間にわたし達はそんな大人になったの? と聞きたいけれど、聞けません。

こっそり観察するわたしに気づくことなく、Aはきれいに畳まれた真っ白なクレージュ(というブランドが流行でした)のスポーツウエアをバッグから出して並べ、いよいよ脱衣に掛かります。

着替え方にもエレガンスがある

まずワンレングスのロングヘアを両手で丁寧に片側に寄せる。その仕草の艶っぽいこと! その手を慣れた手つきで後ろに回し、ドレスのジッパーに掛けます。しなやかに背を反り、ツーっと滑らかに下ろし終わると、両肩を撫でるようにして身体に纏わりつくドレスを丁寧に脱ぎ去る。その動きはまるでバレエのよう。

ドレスの次はストッキングに手が掛かります。レースがあしらわれた高級そうなストッキングです。更衣室には座る場所がなかったのですが、Aは立ったままバランスを取り、クルクルとストッキングを巻きながら、まず片足を抜き、ゆっくりともう片足を抜きます。もう魔法ですよ。さらに驚いたのは、脱いだものはさらりと畳み、用意してあったハンカチに包んだこと。「ストッキングってそういう風に扱うものなの?」と聞きたいけれど、やっぱり聞けない。代わりに、今さっき、ルパン3世のように(わかりますか?)がに股になってジーンズを脱いだばかりの、団子のように丸まったジーンズをこっそりと巾着袋の中に押し込めましたっけ。

あの日からずっとAのことを考えていました
きっと毎晩毎朝丁寧に髪を梳いているんだろうな、とか、
寝る前に翌朝に着る物もアイロン掛かった状態で用意できているんだろうな、ストッキングや下着もきちんと畳まれていてさ、とか、
けじめあるご家庭に育っているから、高校時代を引き摺らずに、きっぱりとページを繰ることができるんだろうな、とか、
お母様はきっと品がある方で、その姿を見ながら育っているからああいう品の良い物腰が身に付いたんだろうな、とか。
永遠に続く「とか、とか、とか」です。

とにかく羨ましかった! 彼女のゆったりとした仕草から垣間見えるその生い立ち、今の暮らしぶり、そして薔薇色だろう未来。その全てが羨ましく、同時に、ああいう美貌を持たず、Aのような環境にもないわたしには、あの優雅でいてセンシュアルなオーラは宿せないことも悟ってしまい、絶望しました。

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エレガンスの出発点

こうして書くとほろ苦い思い出のようですが、今はただただ懐かしく。
年を取るっていいですね。あの時のAは本当にエレガントで、そんな場面に居合わせたことに感謝しています。

あの時、自分は(エレガンスを)持たざる者なんだ、文化的に貧しいんだ、という現実を突きつけられましたわけですが、これも良かった。負け惜しみではありません。自分が知ることができたのは本当によかった。

自分を知り、わたしの目は見えるようになったのだと思います。

あのあと、わたしの目は、優雅で生き生きとしていて清楚で官能的で知的で無邪気で気品があって荘厳で慈愛に満ちていて……一言でいうならば「エレガンス」を探し見つけてきては、じっと観察してきました。

今年は、そんなわたしの30年余りに渡るエレガンスの観察日記のようなものをこちらでシェアしてみようかと思っています。

装いやインテリア、料理にワインの話もしたいと思います。また、エレガンスのヒントを得られる映画や小説、アートや音楽の紹介もしたいと思っています。フランスでの話も、日本や他国の話もするでしょう。そんな私の戯れ言からエレガンスを学び取っていただければ幸いです。
のんびりとやっていこうと思っていますので、お付き合いのほど、宜しくお願い致します。
(22年1月)

拙著 ↓もどこかで見かけたら手に取ってみて下さい

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