「え、私わりとあの本好きだけど」

糸と言って真っ先に思い出すのが梨木果歩の「からくりからくさ」だ。
とある染織家の女性の恋愛と友情が、彼女が織りなす作品と絡まりあいながら描き出される一作で、織りと染めに強く惹かれていた私が自ら手に取ったのだった。
それは最初に読んだ梨木果歩の作品で、ドロドロと恋愛感情が絡まりあって、当時つきあっていた相手との微妙な距離もあり、あまりポジティブな印象を持てなかった。
糸のこともろくに知らず、染色を専門にしていた知人に向かって「あの本はあまり織りのこと知らないで書いたんではないか」と言った私。知人はあっさりと「え。私わりとあの本好きだけど」と返した。

その知人はたくましい恋愛を経て子を育てるたくましい女性だったが、私はといえば当時の恋人とのひょろひょろに痩せてはまた唐突に太い火柱が燃え上がる不安定な恋愛感情を持て余している状態だった。むろんその女性がただ「たくましい」という一言で片づけられるような暮らしをしていたというわけではない。専門家に向かって「この作家わかってない」などと言った自分を恥じる気持ちもあった。とにかく、一度読んで強烈な印象を持った(実際彼女の他の作品と比べて少しつたない部分もあったように思う)私は、その後その作品を手にすることはなかった。

しかし、あの作品がここ数年どうにも気になる。読みたくなって仕方がないのだ。

あれからはてさて十年たったのか。(以前書いたとおり、私の年代感覚はかなりいいかげん)当時の人とはとっくに別れ(振られ)、今は全く違う性質の恋人といたって穏やかな日々。。。というか、穏やかをよいと感じる日々を送っている。

そんな彼女と先日糸関係のフェアへ足を運んだ。糸や羊や織りに夢中になる私。恋人自身もクラフト関係には興味があるので、楽しそう。こんな関係である彼女との中で、同じ「からくりからくさ」を読んだらどうだろうか。やはりドロドロの関係に苦しくなるものだろうか。「織りのことを知らない」とうそぶくだろうか。

おそらく。

私は「織りのことを知らない」などと言いたかったのではなく、「こんな男女関係はいやだ」と言いたかったのだろう。それを思いながら、またこの作品を読んでみたい。どんな色が見えてくるだろう。

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