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新しい役割

いつの世も最初に語られる理想はキレイごとに聞こえるものだ。

マンガ家・かわぐちかいじさんが描いた名作『沈黙の艦隊』の主人公である海江田四郎の言葉だ。海江田の動きを抑えようとするアメリカ大統領トニー・ベネットに自らの行動の意図を堂々と伝えるシーンは、その後の物語への期待を大きく膨らませる力があった。原子力潜水艦1隻で全世界を相手にできたのは、彼の言葉の力が波紋となって多くの人に響いたからだろう。

『進む、書籍PR! たくさんの人に読んでほしい本があります』は、書籍のPRを専門にするパブリシスト・奥村知花さん初の著書だ。本のPR、と言われてもなかなかイメージしづらいかもしれない。本書では「そもそもPRって何?」という基本的なことから、書籍のPRならではの難しさまで、子どもでもわかるような優しい語り口で解説している。項目ごとの具体的な解説が彼女のキャリアの時系列とともに整理されて登場するところも、著者の心遣いある人柄を感じさせる構成になっている。

僕自身、前職を辞めてから何度か本のPRについて話す機会をいただいた。その度に感じたのは、PRという業務自体のイメージが人によってバラバラであることだ。宣伝と一緒くたになっている人もいれば、タダで都合良くメディア露出を持ってくる役割と考えてる人もいる。編集と営業でもPRへのイメージが違っていたりで、言葉の意味を共有しておかないとここまで論点がズレるものかと呆れることもあった。

出版業界でPRという役割は営業や編集と違い、新しい概念であり新しい職種だ。わかりやすく言うと、今50歳前後の方々(決裁権を持っているえらい人たちの世代)が新入社員だった頃にはなかったポジションである。新しい職種を組織に最適化させることは、会社の大小に関わらず結構難解なことだ。PRって最近大事だよね。よし、うちも誰かに任せてみよう。今日からPR専門部署を作ったぞ。よし、あとはよろしく。と、ここまではどの会社でもできる。ただ、それを組織の中でどうフィットさせ、バリューチェーンの一部として機能させていくかは、組織をマネジメントする立場の人間がPRをどう理解しているかによって大きく変わるのだ。

当たり前のことだが、まずは会社全体に「PRってものをやるヤツがいるぞ」「必要な試みだから力を貸してみよう」という空気を伝播させることが成功への第一歩となる。本書では「巻き込む」と表現されている項目だ。編集から本や著者の情報が手に入らなければ動けないし、営業が商品を売り場に展開してくれないと売り上げは上がらない。PR担当がひとりでできることは限られている。よって、組織として機能する仕組みがなければ、PRという職種は属人的な能力(例えば、強引にでも相手を動かせるか、など)へ依存せざるを得ない。これって、企業としてはかなりリスクだ。その人が辞めてしまったらノウハウやコネクションも無くなってしまい、部署の継続が困難になる。

じゃあPRは全部まるっと外注ですね、という考え方もあっていいと思う。要は、組織内で横断的に共通のGOALが見えているか、ということなのだ。PRを活用した企業活動の場合、共通のGOALは「キャッシュポイントを最大化する」こと。そのために機能的な組織になっているかが大切なのである。もし各々の部署が各々の論理でばらばらに動いているようであれば、誰かが橋渡しの役割を担わなければならない。

一口にPRといっても、その役割が機能する過程でさまざまな問題が生じる。「パブリシスト」の入門書としてもわかりやすいが、語り口が現場でありながら著者自身の組織を俯瞰した視点は本書の大きな特徴だ。PRという役割を組織でどう機能させ、本が世に広まるためにどうアクションを起こしていくのか。本を売るためのヒントがいっぱい詰まっている。僕自身の大いなる自戒の念を込めつつも、コンテンツを売る立場の人たちへオススメしたい1冊だ。

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