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毒親育ちのエピソードトークは不幸自慢になるらしい

こんにちは。
ヲタクです。

今回は、7年間付き合ってた元彼に言われた「不幸自慢ばっかりせんでええけん」という言葉から思ったことを書く。
家庭の話をした際に言われたこの一言は、まさに晴天の霹靂だった。
普通にうちの母親が面倒臭いという話をしただけなのに…!?と。
結局いろいろあってお別れはしたが、いまだに思い出しては新鮮に面白いなと思ってしまう。

私の母親は、毒親だったんだなと最近気がついた。
人に言われるまで本当に「過干渉でヒステリックなめんどくさい親」としかおもっていなかったので。

父親と離婚後、母親は母親ではなく女になった。
知らないおじさんが急に家に泊まるようになったこともあったし、そのおじさんの家族に会いにいこう!と長時間のドライブ旅行もした事がある。
今思えば、全然不倫なのだが、このときは母親もヒステリーを起こすことは少なかったし、特に困っていなかった。

私が小学4年生になるころ、母親が腰を痛めて寝たきりになった。
私に一通りの家事を教えると、本当に何もしなくなった。
毎日家で寝ていて、お気に入りの海外ドラマを見ている。
私は毎日夕飯の支度と洗濯をし、勉強をしてから寝る。
ご飯は食べれていたし、勉強も十分できていたし、困ってはいなかった。
父親ともそれなりに交流があったし、不自由は本当にしていなかった。

中学に上がる頃には、日々の家事を怠ったり、意見に反抗すると、母親がヒステリーを起こすようになった。
そうと言っても、自殺を図るから弟と刃物を隠していく作業が面倒臭いというだけ。
門限は5時だったため部活も諦めたが、生徒会の仕事をしているのを母親は喜んだ。
私が遅くなるときは、近くに住んでいる祖父母が弟にご飯を食べさせてくれていたし、自分が好きなアニメなんかも否定はされずに見ていた。
また、母親はこの頃から出会い系サイトにハマって、仕事に行っても夜帰ってこないこともあったが、正直変な詐欺にあったりしないかだけ心配していた。
体感している人間はこれが普通すぎて、正常な家庭がどのようなものなのか本当にわからなかった。

母親は心療内科に通っており、主治医の先生とも幼い頃から面識はあった。
そんな先生に切り出されたのは高校2年生の秋だった。

「家出しない?」
「ママには子離れしてもらお」

この頃では母親には彼氏がおり、週末になると早朝から出かけていくということを繰り返していた。
私たちには作らない料理をたくさん作って持って行っていた。
普段買い物をしない分、日曜日にまとめて一週間分の買い物を毎週頼まれていた。
私は演劇部に入っていて、1日練習がある日曜日の午前中に買い物に行くのは嫌だった。
門限は5時のままだったので部活が終わったらすぐ帰るような生活をしていた。
「ママがデート帰りに買ってきたら大丈夫じゃない?」
というと、精神的に攻撃をされた。
産むんじゃ無かったとか、父親にそっくりなどと言われた。
そこから、母親が定めた時間に買い物をして、そこから部活に行かないと叱られて、最終的に母親のヒステリーに巻き込まれる形になった。
部活は一年の後半には休部した。
一方日曜日が暇な弟には何もなし。弟も習い事をしていたがそちら優先。
不平等だと訴えたが、これも全てヒステリーに流れていった。

好きなことが出来ずに鬱屈としていた私に家出についての提案は本当にありがたかった。
学校とも連携して、私は無事に父親に親権が移る事となった。

24歳くらいまで定期的なお気持ち電話やメールが届いており、後半はずっと着信拒否。
ただ、父親の職場にわざわざかけてきたりすることがあるため、そのときは弟と連絡をとった。
結局は母親は再婚して、その再婚相手と無理心中をした。
再婚相手は生き残ってしまったけど。
葬儀にはいっていない。
弟が1番最初に見つけたこともあり、弟のケアだけして線香はあげずに帰った。

私はこういったエピソードを断片的に元彼にお伝えして、最終的に母親死んだわーと報告をしたのだが、これは不幸自慢だったらしい。
私にとっては「最近お母さんが口うるさくてさー」くらいのテンションだったので、元彼の真意はわからないままだった。

「毒親」という言葉が出てきて、うちの母親もその類であることがわかった。
なるほど、うちの家は一般家庭とはかけ離れていたんだなと初めて悟った。

世の一般家庭の人からしたら、この話は不幸話だったのかもしれない。
同情を引く発言だったのかも知れない。
だけど我々は別に可哀想だと思って欲しいわけではない。
おもろエピソードとして話しているつもりだったのだ。

あ、これって同じ境遇の人じゃないとおもろがれないんだと思ったのは、とあるVtuberさんの配信を見た時である。

「今回は楽しい楽しい座談会であって原因追求の場でも児童相談所の会議でもないので、「毒親になったのはおまえのせい」とか参加者に責任追及するようなコメントはお控えください 今日くらいは楽しく生きたい」

この概要欄の文を拝見した時、あ、毒親持ちって責められるもんなんだ!?と思った。
配信自体は非常に楽しかった。
(この毒親持ち座談会は第三回まであるので興味がある方は是非見て見て欲しい)

今は話を振られない限りは、親の話をしてない。
なんだかんだ、「不幸自慢」という言葉がずっと引っかかっているからである。

読んでくれた人は、これを不幸自慢に思いましたか。

認知の歪みって、どっちが歪んでるんだろうね。

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