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ストーリーとしてのラーニングKPI

前回はラーニング業界における「数字アレルギー」的な話に少し触れた。これは簡単に言うなら以下のような主張だ。

  1. ラーニングの効果は質的かつ個別性の高いものであり

  2. ラーニングの効果を数値化してしまうとラーニングの本質が失われてしまう

  3. よってラーニング効果は数値化すべきではない

  4. 加えて、数値化すると数値が目的化してしまい、本質的な学習成果が見失われた形で数字だけが追いかけられてしまうので、むしろ害が大きい

私は1.は否定しない。しかし、2.3.4.は同意しない。1.を認めることと2.3.4.を認めないことは矛盾しない。今回は、「ラーニングの本質を捉えたKPIはどのように作れるのか」というお話。

数字アレルギーのアレルゲン

アレルギーを起こす元はアレルゲンだ。だから、数字アレルギーにもアレルゲンがある。おそらく数字アレルギーを感じている方は、過去に数値化が悪い結果を生み出した経験をされているのだろうと思う。

例えばこういう事象だ。「研修満足度」をKPIにしたとする(この考え方は非常に幅広く受け入れられているだろう。なぜなら直後のアンケートで最も取りやすい指標だからだ)。で、この満足度を講師のパフォーマンス評価であったり、研修の存続を判断する指標だったりとして活用する例も多いだろう。

しかしこうすると何が起こるか。極端な例では、講師はコンテンツそっちのけで受講生をエンターテインする。そして研修の最後に満面の笑顔でこう言う。「みなさん、ぜひ気持ちよく評価は10点満点つけてくださいね!」このダメ押しは非常に効果的で、研修満足度はだいたいこの一言を臆面なく放つことができるかどうかで決まってしまう。

または、「特定対象者の研修参加率」をKPIにする例も多いだろう。これをすると起こることは、研修担当者が未受講者をひたすら追いかけ回したり、上司に報告するなどで外堀を埋めたりし始めることだ。これは典型的な悪循環のシステムで、受講生はますます負担感を感じて参加する気持ちが萎えていくし、上司も研修が嫌いになっていく。そして「行っても時間の無駄になる研修だろうけど、内職してても構わないからとりあえず言ってこいよ」なんて言って部下を送り出すようになると最悪だ。そんなセッティングをされて受けに来る受講生が一体何を学ぶだろうか?(しかも現れる研修講師はご機嫌取りの点数稼ぎだったりする)

おそらく数字アレルゲンはこれだ。この2つの例は明らかに、数値を導入することによって学習の場が損なわれていく例であり、このように残念な経験をした研修担当者は、数字アレルギーを発症しても仕方ない。

はじめにことばありき

キリスト教の聖書から言葉を持ってくるのも大袈裟かもしれないけれど、実際にそうだ。はじめにあるべきはことばであり、数字ではない、という意味で。

まず、「数値化しやすいものをとりあえず数値化してみる」という発想を辞めるべきだ。この考えの典型が「満足度」だったり「受講率」だが、これでは「はじめにかずありき」になってしまう。

ことばからはじめよう。これが最も重要なポイントだ。この研修で実現したいことはなにか?それはどのようなメカニズムで実現されるのか?のストーリーを構想する。そうは言っても何から考えればいいのか漠然としていて想像がつきにくい?そういう場合「バランススコアカード」をおすすめしたい。

バランススコアカードという名前はかなり文脈的なので、この概念が登場した背景を理解しないとその本質がピンとこない。なので簡単に触れると、これはもともと、「企業経営における評価指標はこれまで財務指標にのみ偏っていたがそれではいけない。経営の健全性を担保するためには、財務指標に影響を与える他の指標を意図的に明確化し、合わせて包括的に評価しなければならない」という考え方から生まれている。財務指標と非財務指標を合わせてみるから「バランス」スコアカードという名前だ。

具体的には、4つの領域が提案されている。結果指標→先行指標の順に①財務の視点、②顧客の視点、③業務プロセスの視点、④学習と成長の視点、だ。こうでなくてはならないわけではなく、あくまで「このような視点で考えることが重要だ」ということだが、しかし使えば使うほど、この4つはよくできていると感じさせられる。特に、財務が一番最後に来ていること、そして学習と成長が一番前に来ていることは重要だ。この並びを見ていると、最初に入社した会社の社長が「追いかけるものを間違えるな。追いかけるべきものは業績じゃない。顧客への貢献だ」と教えてくれたことを今でも思いだす。

バランススコアカードに描く成功ストーリー

さて、ようやくバランススコアカードをどう使うかという話。ラーニング企画者はラーニングしかわからないしラーニングだけを考えれば良い、という前提を一旦外して、このバランススコアカードの4つの視点をすべて考えてみる。どの順番だって構わない。トップから考えるのが難しかったら、今考えているラーニングのところから初めても構わない。

  • 例えば、「新商品の特徴が顧客によく伝わる説明を可能にするための研修」を企画しているとする。これをまずは「学習と成長の視点」にプロットしてみよう。

  • 次に、この研修を行うことで受講者(営業社員)にどうなってほしいのか。「商談の場で新商品を売り込む」という行動を起こしてほしいはずだ。これは「業務プロセスの視点」になるだろう。

  • 更に、売り込んだ結果どうなるか。顧客は新商品の良さを理解し、それを採用したくなるだろうか。そうすることで顧客はどんなメリットを得られるだろうか。コスト低減かもしれないし、業務スピードの向上かもしれないし、顧客の商品力強化につながるかもしれない。これらはすべて「顧客の視点」に入るだろう。

  • そして最後に「財務の視点」。顧客に貢献することで、顧客は商品をより多く購入してくれるかもしれない。更には自社のファンになってくれるかもしれない。その結果として当然ながら売上は上がる。またはクロスセルが増える。

ここまで、数字の話は考えなくて良い。何よりもストーリーが成立することをどれだけ具体化できるか、ということだけ。どうだろう、企画しようとしている研修がどのような価値に結びついているのか、その流れがイメージできるストーリーに仕上がっただろうか。

バランススコアカード上にプロットされた様々な要素は、CSF(Critical Success Factor)と呼ばれる。要は「成功要因」だ。これも数字ではなく、ナラティブな表現でいい。このあと最後の最後に数字が出てくる。CSF一つ一つについて、その成功要因がうまくいっているのかどうかを知るためにはどんな数値情報を使って検知すればよいか?を考える。上記の例で言うならば、「商談の場で新商品を売り込む」という行動変容が起きているかどうかを確認するためには?と考えることになる。例えば営業日報を集計して、新商品の商談数の増減を追うことができる。その次に顧客が新商品を気に入ったのかどうかは、商談の成功率、販売数として現れてくるはずだ。そしてもちろん商談成功率/販売数は、新商品の売上として財務指標へのインパクトを生み出す。

このようにして作られた指標なら、目的を見失うことがない。なぜならば、研修のクオリティそっちのけで受講率や満足度を追いかけたところで、その先にある商談数や成功率は向上しないからだ。本質を見失った数字ゲームはすぐに見破られる。どれだけ満足度の高い研修をやったところで、次の指標に変化を生み出すことができないならそれはただの浪費でしかない。

さて。数字アレルギーへの処方箋はここまで。大事なのはストーリーであり、数値はあくまでそれを確認する方法でしかない。しかしストーリーの進捗を数値で確認できる様になると、むしろこれなしではいられないほど数字が好きになるはずだ。

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