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ジビエが得意なプチレストランのレジリエンス

そのレストランは代々木上原にあった。3組くらいしか入れない、とても小さなレストランだ。特に目立つ特徴があるほどでもない(※)、よくあるレストラン。なぜそこに行ったかといえば、コロナ禍のさなかでも予約を取って営業していたからだ。
※ 失礼!あくまで第一印象の話で、訪れてからはその考えを改めた

止まらないシェフ

まだ結構飲食店での規制が強く、しかも先の見通しもまだわからない時期だった。多くの飲食店が大変な思いをしていたはずだ。だから、大変そうな気がする小さなレストランを応援する気持ちも多少あった。しかし訪れてから、そんな私の考えは思い上がりだったことに気付かされる。

迎えてくれたオーナーシェフ(と言っても、基本的には一人で営業している)は、いたく上機嫌だった。話し出すと止まらない。料理よりも話していたいのではないかと心配になるくらいよく話す。別にカウンターキッチンなどで手を動かしながら話せるわけではなくて、厨房から出てきて客席で話すので、その間料理は進んでいないはずだが、そんなことは気にも止めず料理を運んでくるたびに話に花を咲かせていく。しかもその間、しばしばテイクアウトの客が訪れ、店の前に置かれている大きな冷蔵庫の中から品物を買っていく。夏の夕暮れでまだ日が落ちきらないくらいであっても、もう冷蔵庫の品数は限られている。

「今日はXXはもうないの?」
「いやーもうそれ売り切れちゃって。次はもう少し早めに来てもらえるとご用意できるかもしれませんねガハハ」

会話の雰囲気からすると立ち寄る客の多くは常連で、店のテイクアウトを楽しみにしている様子だ。

少々意外だった。てっきり私はもう少し苦労話が出てくると思っていたのだ。なのにこのオーナーはどこまでも楽しそうだ。このレストランに何が起こっているのか?

デザートのあとで

最後の客である我々にデザートを供し終わると、シェフの饒舌を止めるものはもはやなにもない。せっかくだからこのレストランのことを知りたいと思い質問しようとしたら、私の問いかけを待つことなどなく彼は自ら話し始めた。

「いやね、ここだけの話、ウチ最近調子いいんですよ。売上で言うなら去年の20%増しくらいの勢いで。何ってまず、多くがお店閉めたでしょ。となると、日本中で食材が余るんですよ。だから普段ならなかなか手が出ないようなところから『うちの食材使わない?』って声がかかるようになって。しかも値段もお手頃。だって向こうからすれば売れ残りを買ってくれるってことなんだから」

「でね、そうするとウチとしては、最高の食材仕入れ放題。バンバン仕入れてバンバン調理する。で、このショーケース(店の前の巨大な冷蔵庫を指す)。ウチってもともと小さいから、前からテイクアウト用にこの大きなのをおいてあったんですけど、ここでテイクアウト用の料理を並べたらもう売れる売れる。席の回転なんて気にしなくていいもんだから、数席の回転で回せるより遥かにたくさんの人に食べてもらえるようになって」

「で、テイクアウトで美味しい思いをしてくれた人が、『今度は店で食べてみよう』って、予約してくれるわけですわ。そうすると予約はすぐいっぱいになるから、今度は『あの店は予約できないけど、テイクアウトなら何時でも買える』って、またテイクアウトが売れる。元手が貯まればこっちとしてはもっといい食材を仕入れられる。いやー、いい時代ですねえ」

「ん?店は全然閉めたりしませんよ。だってウチ、見ての通り席なんてちょっとだから、密になんかなりようないし。いやー小さくてよかったー」

なんだろう、彼の話からは、薔薇色のストーリーしか出てこない。でも話を聴くと、その話にはとても筋が通っている。彼は本当の話をしている。説得力がある。

次は冬に

「でもねーお客さん、今は夏だけどね、ウチのスペシャリテはジビエだから。次は寒い季節に来た方がいいですよ。夏はねー、やっぱり日本のじっとりした夏には、フレンチより和食でしょう。暑いときはまあ和食でさっぱりしてもらって、また冬に来てくださいね、最高のジビエお出ししますから、アッハッハ」

最後までご機嫌なシェフに見送られて店をあとにした。その彼のインパクトが強すぎてもはや何を食べたのか料理のことは思い出せない。もちろん美味しかったはずなのだけど。ともかく次は冬に訪れることにしよう、ということは決まった。


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