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学校を終えたわたしは足早に父の写真館に向かった。その日も特別な用事はなく、ただ新しくできた友達に会いに行くように、わたしの足取りは軽かった。写真館の扉を開けると、営業が終わった店内のテーブルで、父はお酒を飲んでいた。
少し酔っ払っているようだ。

ウイスキーと思しき茶色の液体が入ったグラスを握り潰すように手の中におさめながら、父は何か言葉を吐き出そうとしては、飲み込んでいた。
わたしは向かい側の椅子に腰掛け、その言葉が吐き出されるのを待った。

その時。
もう、とうに営業時間を終えた写真館の扉が開き、ひとつの人影が中に入ってきた。
外はもう薄暗く、室内の明かりで逆光になったそちらにいるのが誰なのかは、わたしには見当がつかなかった。その人影はこちらに来るでもなく、店の入口脇にある、居住部分へ繋がる階段へと足早に姿を消した。
その様子を見たほろ酔いの父は、フッと笑って、「あれは僕の息子なんだよ。普段は必ずこちらに寄るのに、彼なりに何かを察しているんだろうね。家に上がって行ってしまった。」と言った。

彼の息子という人影は、学生服を着ていたように見えたため、わたしは世間話でもするような軽い気持ちで息子の年齢をきいた。

彼の息子とわたしは、5歳の年の差だった。

若い頭のわたしには、たった5歳の年の差の息子がいること、母との離婚後割とあっさり再婚して子を授かっているその事実とに、背筋がビリッッと痛んだ。
どうやらわたしは何かしらのショックを受けたようだった。

「僕にはね…」と、父がまた口を開いた。
その後どのような言葉が続くのか安易に想像がついたものの、わたしは黙って聞いてみることにした。

「家族があるんだ。あなたと僕の息子は5歳の年の差がある。」

数秒前に知った情報を、改めて口から吐き出す父に、わたしは何も返さなかった。
聞けばわたしの母と父が結婚式を挙げた時にその場にいた、母の髪を世話した美容師の娘と再婚したらしい。

わけがわからなかったけれど、目の前のこの人に今大切な家族がいることを、どういうわけか幸せに思った。

長らく顔すら合わせていなかった我々親子だが、互いに何かしらの幸を願っていることに違いはなかった。

「リーが初めてここに来た前の時に、あなたの恋人がカメラを持ってうちに訪ねてきたじゃない?あの時とても胸騒ぎがしたんだ。何かがおかしい、って。そしたらその数日後、こうして再会できた。僕は本当に嬉しいよ、こんな時間が来るなんて。夢にも思わなかったから。」

よく見ると父は涙を流している。

そりゃあ写真館に壊れたカメラを持ち込むだなんて、そもそもおかしな話なんだ。
遥か彼方の記憶以外頼れるものも無いものの、目の前のこの人は本当に自分の父親だということを改めて自覚し、わたしの目にも生温かい水分を感じた。

長らく別々で暮らしていたその時間云々よりも、新たな友達を得て、こうして足しげく通える場所を見つけれたことに、わたしは心底嬉しく思った。

この日の帰り、父は大きなMINOLTAの一眼レフカメラをケースに入れながら、「これは使いやすいから学校で役立てればいい」と言いわたしに渡してくれた。

しばらくわたしと父は、18年ぶりの再会をとにかく大切に、度々こうして会って話してを繰り返した。

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