見出し画像

5月27日「靴、片っぽとられ」

靴をかたっぽだけ盗まれた。
最近くそ暑いので、風の通り道を作ろうとドアをちょっと開けるためのストッパーとして置いといたら盗まれていた。
代わりにカブトムシを飼う時に虫かごに入れるダミーの木が挟まっていた。

変わり身の術だと思った。
おそらく犯人は、子供か忍者だなと推理できる。
もしくは子供忍者か。

でも近所に忍者村もないし、子供忍者教室もない。
いや意外とあるのかしら。
そういえばそんなチラシを見たような、と思い出して、
積もりに積もったチラシミルフィーユを漁ってみると、「隠者教室」だった。
リタイアした老人を対象にした隠居のコツを教える区のイベントだった。
「子供忍者教室」との真逆っぷりにしばらく笑い転げた。

わろてる場合じゃなかった。
夜ふつうにでかけなければいけないんだった。
他の靴あるっちゃあるが、昨日家の前を通った靴紐回収車に全部預けてしまっていたのだ。

「く~つひも~ く~つひも~」というスピーカーから流れる声につられてしまい、家中の靴紐を預けてしまったのだ。
「いや、こんなたくさん、あの、全然返すから言ってね」という優しい運転手のおじさんに、
「なにいってんやがんでい!こんなおもしれえ商売してるアンタを気に入ったんだよ!おれの靴紐ならいくらでも持ってけドロボー!」とまったく粋じゃないいきがりをしてしまったのだ。
もし江戸っ子ギャングがその場にいたら「粋狩り」をされてる所だった。

僕は昨日の自分をはたいてやりたいと思った。
でも、もしはたかれるなら札束がいいなと思ったので、もしタイムマシンができたら札束を用意してから昨日へタイムスリップしようと思った。

まあそんなことどうでもいい。
とにかく靴を奪還しなければ。
犯人が何か残していないかと思ってもう一度玄関を出たら、トランプが一枚落ちていた。

怪盗のやつだ!ヒントだ!助かる!
僕は怪盗ってすげえ親切だなと思った。
いやでも盗むのはだめだけど。

息を飲んでトランプをめくってみると、ダイヤの8だった。
ダイヤの8かぁ。僕はしばらくその場で腕を組んで考えてみた。
ダイヤル8とかか?それとも第8小学校?大工の八つぁん?
ピンとこない。てかダジャレとかでいいのかな?と思っていると、
風でトランプがもう一枚飛んできた。

2枚目!?追加ヒントってこと?
めくってみるとハートのキングだった。
これはほんとにわからない。なんも浮かばない。
するとまた飛んできた。

おかしいと思い、飛んできた方に行くとエレベーターの前の踊り場でトランプが散らばっていた。
犯人ここで遊んでるじゃん!
しかも2人以上いるってことだ!
子供に違いない!

このアパートに住んでる子供っていったらあの部屋しかない!
僕は高鳴る鼓動と共に階段を駆け上がった。

そして903号室の前に着いた。
疲れた。普通にエレベーターで上がればよかった。
僕は呼吸を整えてからインターホンを押した。

反応がない。
もう一回押しても反応がない。
ドアノブに手をかけてみたらカギが開いていた。
めっちゃ迷った。
もし違ったら普通に捕まるよなぁと思った。
やめた。
僕は引き返して、階段に腰を下ろした。

街並みはしょぼいけれど、9階からの眺めは僕の心を落ち着かせた。
靴くらいどうでもいいか。推理ごっこも面白かったし。と自分を納得させていたら、ドアが開く音がした。
僕は驚いてなぜか体育座りの恰好をしてしまった。
もしこっちに来たらヤバい。

ドキドキしていたら、
「惜しー!やっぱ勝手にひとんち入らないのかな?」
という子供たちの声が響いたきた。

903号室の子供だ!
「でももうちょいだったけどね 多分カズタローだったら開けるよ」
「アイツバカだもん」
「あのお兄さんも引っかかるんだからカズタロー余裕だな」
「じゃあおれ帰るね 明日絶対成功させよーな!」
「おー!」
「バイバーイ!」

まずい。こっちにくる。あっ。
ばっちり目が合ってしまった。
すると子供は「こんにちは」と丁寧な挨拶をしてきた。

不意を突かれたのと、体育座りしてる恥ずかしさで「おぃす」しか言えなかった。
子供がそのまま駆け出そうとしていたので、「ちょとまって」と呼び止めると、止まってくれた。

僕は冷静を装いながら、「さっきのやつって、なんかの練習?」と聞いてみた。
子供は、「あー、はい。そうです。明日久しぶりにカズタローが遊びに来るんで、それでおれとコウキでドッキリしようってなって、それでやりました」と淡々と答えてくれた。

「へ、へ~そうなんだ まぁお兄さんはわかってたから引っかからなかったけどね~」
僕は強がって見せた。

「えっ、でも家の前でめっちゃ迷ってませんでした?」
「ちくしょう…」
悔しさのあまりちくしょう…が漏れてしまった。

子供は何か察知したのか、「でも、お兄さんのおかげで明日いけるなっておもいました。ありがとうございます」と言って階段を駆け降りて行った。

僕は体育座りのまま、しばらくうつむいていた。

いや待て。僕の靴は?

僕はゆっくり立ち上がり、尻の砂埃を払って、もう一度903号室の前に立った。
そして今度こそと思い、ドアを開けた。

顔の前に黒い獅子舞が現れた。
叫ぶ暇もなく、ガチンガチンと、鉄のアームみたいなもので体中を挟まれて身動きが取れなくなった。
すると、山下達郎の「Ride On Time」が大音量で流れ始め、淡い光線に部屋中が包まれた。
その光を背に受け、姿をいっそう浮き上がらせた黒い獅子舞が、佇立したまま足の先っぽでトントントンとリズムを取り始めた。

Ride On Time 心に火を点けて あふれる喜びに 拡がれ Ride On Time

危機的状況で山下達郎の声の声を聴いていると気が狂いそうだった。
すると、しゅるしゅるしゅるしゅると、獅子舞の布の下や、歯と歯の隙間から触手のようなものが僕目掛けて勢いよく飛んできて。

そこからの記憶はまったくない。
気が付いたら僕はまた9階の階段で体育座りして気を失っていた。
ハッとして顔を上げると、頭に乗っていたのか、盗まれた靴が落ちてきた。

なぜか靴はピカピカだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?