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7月15日「雲雲雲マーケット」

ぶらぶら散歩をしていると、前まで何があったかもう思い出せないだだっ広い空き地でフリーマーケットがやっていたので寄ってみた。

「雲雲雲マーケット」というチラシや幟があちこちに林立している。
近くにいたエプロンを着けたお姉さんに話しかけた。
「今たまたま通りかかったんですけど」
「うん」
「すごい名前ですね」
「うん」
「なんでこんな名前なんですか」
「うん」
「いやあの」
「話題になるからよ」
「え?」
「今みたいに三回も話のラリーが続くじゃない 変な名前にしとくだけでさ うん、うん、うんって三回も言える だから雲雲雲(うんうんうん)マーケットなの」
お姉さんはふふふんと鼻を鳴らした。

「あ、なるほど、どぅも」
「くもくもくも」って読むと思ってたのと、なんかしてやられた恥ずかしさで僕は逃げた。

その後、適当に見て回ったけれど、目ぼしいものは無かった。
喫煙所で一服していると、
服の裾をくいくいと引っ張られ、振り返るとけっこうみすぼらしめな老婆がいた。
羅生門だ、と思っていると、

老婆がぼそり「買うて」と言った。
「え?」
「兄ちゃん、クマムシ買うてえ!」とはっきりと叫んだ。

フリーすぎやしないか。
戸惑いを隠せないでいると、老婆はさらに近づいてきた。

「クマムシはすごい強いんやでえ、これ強いんやでえ買うてえなあ」
窪んで目を濡らしながら、僕に手のひらを見せる小さい老婆。
老婆の手は虚空。

「燃やされてもな、氷らされてもな、宇宙でも死なへんねん、なぁ、買うてよぉ」
本当にいるのかしら。
僕はしわっしわしわしわの浅黒い老婆の手をこれでもかと覗いてみた。
が、やはり虚空。剥けた手の皮の棘しか見いだせなかった。

すると老婆が僕の手首を突然掴んだ。
老婆の手は冷たく、てかクマムシが手にいたんじゃないのか?と気味が悪すぎる。
老婆はなにやら考えあぐねている様子だった。
僕は言葉を待った。
今傍から見れば僕は老婆とロマンスしている奴に見えるのかなぁとげんなりした。

しばらくして、
「…そんなら、あのなぁ、ワシの、脈測てくれへんか…」
と言い、僕の手首をぐいと引っ張り老婆の細い細い腕に持って行った。
僕は言い方羅生門だ、と思った。
僕はなすがまま、老婆の脈を測った。

・・・・・・・・・。

何も感じない。
手のひら同様に冷たい手首は、鉄棒を握っているようだった。
何度か位置をずらしてみても脈を感じない。
四苦八苦していると、老婆が僕の目をじっと見てから

「ワシ、死んでんねん」
と満面の笑みで言った。
僕はタイミングが完璧だな、と思った。
間の取り方が絶妙だ、と思った。
次いで、老婆をめちゃくちゃの噓吐きだと決めつけた。

「でも、立って息してるじゃないですか」
「そうや」
「じゃあ死んでないじゃないですか」
「脈ないねん」
「あ?」

だめだ。僕は動転していた。
知りたいけれど知りたくないみたいな感覚だ。
滂沱たる汗を流しながら、僕は固まってしまった。

すると老婆が、
「はぁ、兄ちゃんもダメか。どいつもこいつも落ち武者やで」
と言った。

落ち武者?
なんか、いらつくんだけど。
爆ぜろよ。
そうだ。
爆ぜろよ!ババア!爆ぜろ!
僕は口に出していた。
「爆ぜろ!」

刹那。チュン!!という音が耳をを通り過ぎた。

老婆が立っていた場所だけ燃えていた。
しかもなぜか無音で燃えていた。

僕はめちゃくちゃ笑ってから、焦った。
これ本当に僕が?
なんで無音?
チュン!ってなに?
またくつくつ面白くなってきた。

いや待て老婆!

「大丈夫ですか!」

すると待ってましたと言わんばかりに、煙が去っていき、中で老婆が腕を組んで笑っていた。

「くほほ。だから言うたやろ、クマムシは燃やされてもしなへんねや。ちなみにな、ワシが爆ぜたのは兄ちゃんの力やない。それもクマムシの力や!」

僕は尻ポケから財布を取り出し、有り金全部渡してクマムシを買った。

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