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小さなふたつの…

つぶやきから生まれた物語①修正版
#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門
参加作品


 5年ぶりの異常寒波で関東に大雪が降った。ここ数日体調を崩している妻を出勤途中に病院まで送ろうと思っていたのだが、車はすっかり雪に埋まり道路も一面真っ白だった。

「やっぱり積もっているよ、これじゃ車は出せないかな」

 独り言のように呟きながら車に近づくと、ボンネットの上に小さな雪だるまが乗っているのに気がついた。作者はきっと近くの小学校の子供だろう。小さな2つの雪だるまが肩を寄せ合っていて、小学生が作ったにしては中々どうして可愛らしく壊すには忍びない。
そこで私は家に持ち帰りフリーザーに仕舞い込む事に決めた。雪が解けた頃にまたボンネットに乗せておけば、小さな作者はさぞかしびっくりするだろうというイタズラ心である。

「なあにそれ?」
「ああ、車の上に乗せてあった雪だるま」
「あら、小さくて可愛いらしいわね」
「だろう?雪が解けたら元の場所に戻して、作者にサプライズしようと思ってさ」
「素敵なサプライズになるといいけど」
「なるさ、あっやっぱり車は動かせないよ。大通りまで歩いてタクシーを拾わなくちゃ」
「じゃあ病院は明日にしようかなぁ」
「それでもいいけど大丈夫なの?まだ調子悪いんでしょ?」
「少しね、でも様子見てみる」
「無理はしないように、もう若くないんだから」
「お互い様でしょ?雪で滑ってギックリ腰とか勘弁してよね」
「はいはい、十二分に気をつけさせていただきますよ。それじゃ行ってくるね」
「いってらっしゃい」

 雪が積もっている事を除けば、いつもと変わらぬ何気ない日常。彼女と結婚して8年、子供を諦めてからもう5年の時が流れたけれど、こんな何気ない日常を当たり前のように過ごせる日々に私は感謝している。

 クラインファルター症候群、なんでもX染色体の数が人より少し多いらしい。
不妊の原因が自分にあるなんて男としては結構ハードな問題だったけれど

「2人の時間を思いっきり楽しめるんだから良しとしようよ!」

 屈託もなくそう笑いかける彼女にいったいどれ程救われた事か。

「休日にはスイーツ巡りをしてさ。甘いものを食べている時が結局1番幸せだよね」

 あんなにも子供好きだった癖に、気丈に振る舞う彼女のあの笑顔に。

 そうだ!記念日でも何でもない今日だけど、帰りにケーキを買って帰ろう。そして2人で笑顔になろう。雪で浄化された真っ白な街を眺めながら、私の頭の中はケーキで一杯になっていった。




「ただいま〜何だか朝からケーキが食べたくて買ってきちゃったよ」
「お帰りなさい、ねぇあのね」

 何だか妻の様子がおかしい、やはりまだ具合が悪いのだろうか?

「どうした?やっぱり調子悪いのか?」
「そうじゃなくて、コレ」

 差し出された妻の手には5年前に見慣れた小さなスティック、そして中央には赤紫色のライン。

「こ、これって?」
「まさかとは思っていたんだけど、でも一応念の為に検査してみたの」
「本当に?これって…あああ神様!」

 まさか自分が神の名を叫ぶ事になるとは。

「まだ喜ぶのは早いよ」
「そ、そうだな。じゃあ明日、明日朝イチで病院に行こう!」
「もう予約はしておいた」
「そうか、うんそうか」

 何だか上手く言葉が出て来ない。朝からケーキで頭がいっぱいになったのも天啓だったのだろうか?いや、それ以前に…

「雪だるま、あの雪だるまは?」

 慌ててフリーザーを開けてみるが雪だるまは見当たらない。

「私は何もいじってないよ?」

 そうか…そうなのか!きっとそういう事なんだ。

「赤ちゃんはさ、きっと双子だと思うんだ」
「えっ?」

キョトンとした瞳で見つめる彼女を抱きしめながら、私は小さな2つの雪だるまにつける名前を考えだしていた。             end






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