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8月の日記

1枚の写真から生まれたフォトストーリーです。舞台は夏の軽井沢です。


短く刈り込まれた芝生の庭は、町境の用水路に向かって緩やかに傾斜していた。そのため、木陰にかかる場所に置いてあったガーデンチェアとテーブルは少し不安定だった。
 きらきらと夏の日差しを反射する水面の向こう側には、薄曇に霞んで遥か蓼科と八ヶ岳の連峰が見えていた。
 ぼくは、およそ場違いな、陰鬱な推理小説を、キャンプ用の布張りの椅子に座って木陰で読んでいた。

 ぼくより4つ年下で、高校2年生になる従妹の結花(ゆいか)がゴールデンレトリバーのピーチ嬢を連れて用水路沿いの砂利道を歩いてくるのが見えた。
 標高1000メーターの高原とはいえ、この日は30度近くまで気温が上がり、午前11時の日差しは、健康的な小麦色に日焼けした結花に降り注いでいた。彼女自身が夏の太陽であるかのように輝いて見えた。

 「あー、暑かった。軽井沢でも日なたはだめね。」
 ピーチ嬢はぼくの姿を見つけると、 結花のつかんでいる散歩用の綱をぐいぐい引っ張って、突進してきた。

 「でも、ほんの短い間だけだよ。すぐに“この夏”は終わってしまう。」

 ピーチの相手をしながらぼくは言った。去年の夏、軽井沢で失なった切ない思い出を思い起こしながら・・・。

 「でも、秋の紅葉もきれいだし、冬はスキーできるもの。・・・」一度言葉を切って、
「そしてまた次の夏がくるでしょ。」
柔らかそうな髪を唐松林からの風になびかせて結花は笑いながらそう言った。
(おわり)



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