記憶が私を優しくする
こどもの頃から20年、一緒に暮らしていた犬は黒色の柴犬だったので今でも散歩中の柴犬、特に黒柴を見るとかわいいかわいいと目で追ってしまう。
いつも遊んでくれていたじいちゃんはカルロス・ゴーンにそっくりだったので、ゴーンあまり人に嫌われることしないで、という思いでニュースを見てしまう。
うちのばあちゃんみたいなパーマをかけているお年寄りがスーパーで困っていると親切にしたいと思う。
小さい頃、カブトムシを飼育していたので台風の日とか風の強い日にたまに玄関前に飛ばされてくるカブトムシは手厚く保護し木に放つようにしている。
子どもは好きではなかったのに昨日デパートのエスカレーター、抱っこされた幼児のつむじがうちの娘に似ている、かわいいなと眺めていた。
愛した愛された思い出がじんわり広がって、知らない者に愛しい者を重ね、私は前より少しずつ優しくなる。
はずが
三日前。
ベランダにゴキブリが現れた。
最近、見ていなかったから完全に油断していた。
「ベランダは外だ。落ち着け」
と人は言うかもしれない。
夫にはそう言われた。
確かに外だが、その外で洗濯物を干したり入れたり育てている植物に水をやったりなど、やることやってるので見過ごせない。
ゴキブリを死滅させるアイテムを置いて、スリッパを無邪気に履かないように気をつけて過ごした。
かわいい脳みそをしているで一日もしたらそんなことも忘れていた。
なのに
今日。
室内に現れた。
アイツ、死滅の罠をかいくぐって…
僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう地球にいたというから人の罠なんて簡単に乗り越えてしまったのかもしれない。
もしかしたら別の個体かもしれないけど、別の個体ならそれはそれで問題だ。
どっちがマシなの。
おかしい、じいちゃん似のゴーンに情は湧くのにカブトムシ似のアイツには憎しみより更に上の殺意しか湧かない。
記憶が私を優しくするんじゃなかったのか。
カブトムシとの思い出くらいじゃどうにもならない何かが私とアイツの間にあるのだ。
いやヒトとアイツらの間に。
DNAに刻まれるほどの戦いがかつてあったのだろう。仕方ない。
殺虫スプレーをこの家のどこかで見たんだけど、春に引っ越しをして整理整頓がイマイチなままなのでどこで見かけたのか思い出せない。
殺るか慣れるか。
これ以上一緒に過ごしても情が湧き馴れ合うことはないと断言できるので、記憶をたどり片付けをしながらスプレーを探しを始めることにする。
万が一、馴れ合いの関係になった場合だけ面白そうなので後日談として報告することにする。
気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。