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外しません、アゴまでは

昨年末、並びの悪い歯の虫歯の治療からインプラントデビューをすることになった私。
お正月は美味しいものを食べたいでしょう、という歯医者さんの優しさで本格的な作業は年明けに持ち越されることになった。

お正月は娘の幼稚園の冬休みに合わせてたっぷり地元に帰っていたので世間様より大分だいぶのんびりとした年末年始を過ごしたという自覚はあったが
「年明けに予約の電話をしますね!」
と歯医者さんと交わした約束は忘れるわけないのでそろそろ、と電話をすると
「あ、みついさん?!ちょうど今お手紙を用意してたのよ」
と電話を受けてくれた受付のマダムが呟くのが聞こえた。
危ない、歯医者から召喚状がくるところだった。私のお正月はやはり長すぎたようだ。

こういうのは勢いでいきなり歯を抜く予約を、と勇む私を「でも、あら、前回は11月ね。一回歯のお掃除いれましょ」とマダムの助言によりワンクッション挟んでその後いよいよ歯を抜く日を決めた。

永久歯。
いままで苦楽をともにしてきた永久歯。
今回抜く予定は下の歯二本。
一本はしんけい抜いてるし、そもそもお前が虫歯なので別れも仕方ないが、もう一本は確実に道連れ、巻き込まれ。可哀想。

歯、イメージ図
赤いやつが元凶で真ん中の黄色いやつが道連れ

その日まで私は丁寧に歯を磨いた。
抜かれると分かっている歯を丁寧に。
抜歯の前の晩には
「お前と味わう最後のワインだよ」と栓を抜き、お正月に実家から貰ってきた宮崎牛を焼いた。

最後の晩餐

そして当日。
担当の先生が「どうですかー?」とやって来る。どうでしょう、私はもうここに横たわるだけの身。先生こそ昨夜はよく眠れましたか?体調は万全ですか?応援しています。
そうして横に付き注射の麻酔をする前の麻酔をするという。綿に染み込ませた何かを歯茎にあてると麻酔が効いてきていよいよ注射をプスッ。

注射の麻酔が効くまですこし時間をおきます、と言った先生が戻ってきた。

いよいよ

小さなペンチのようなもので歯を掴み右へ左へ前へ後へグイグイ揺らす


まさか
歯を抜くって
歯を抜くってこと!?


本当に阿呆なのだが、私はその時まで歯を抜く作業は何らかの機器で歯を削ってグイッとやって…くらいに考えていたのだ。

こんな、まさか完全なる力技だとは。

麻酔のおかげで痛みはないが、なんせすごい力なのでこのままでは顎が持っていかれる。
と怯えていると先生が
「顎がはずれそうですよねー?あはははは」と笑うので私も
ほうでふねそうですねーあはははは」と笑ってみせると先生が続けて
「大丈夫ですよー、外れても戻せますんで外してくださーい」と言う。


「大事な話があるので部外者は席を外して下さい」
「保安検査場ではネックレス、ベルトは外して下さい」


色んな「外して下さい」に従ってきたけれど、こればかりは無理。
「外れても大丈夫ですよ」ではなく「外して下さい」というのがまた恐ろしい。

絶対に外さない、という気持ちで逆に下顎に力を入れアイーン顎のまま先生の作業を受ける。

…ところで今何合目くらいなんだろう。

先生と助手の二人は私を緊張させない為だろうか全く関係のない世間話をにこやかに交わしている。途中「あ、抜けそう」と呟いたのは一本目なのか二本目なのか。抜けたのか、抜けていないのか。

そんな下顎ばかりに力を入れているうちに唇に糸状のものがスルスル触れるのを感じた。
何かな?と不審に思っていると
「歯は抜けたんで糸で縫っていきますねー」
縫う?!
そうか、縫うのか。

歯科界はもう分からないことばかりだなぁ。
麻酔で痛くはないが針と糸でチクチク縫われるのを感じた。

馴染むタイプの糸だといいな、という願いは叶わず一週間後に抜糸しますね、明日は消毒に来て下さいと言われるのを作業台に置かれた抜けていった歯を「歯って長いんだなぁ」とぼんやり見ながら聞いていたら
「あ、歯いります?持って帰りますか?」
と先生が言うので「いらないです」をへへ、と笑いながら答えた。

片付けで先生がいなくなるのと入れ替わって、助手の人が帰ってきた。ぼんやりまだ長いなぁ、と歯を見る私に
「あ、いります?」
と聞いてくれたのでこれは持ち帰る人結構いるのかな、と思いつつ「いらないです」とやはりへへ、と笑いながら答えた。
縫う前に人工骨なんかを入れたりしたらしく45分ほど時間がかかり、六万円ほどを支払った。

これはまだ序章に過ぎないんだろうな、とトボトボ帰った。

その日の晩ごはんは鍋だったので豆腐のみを拾いスススッと食べていたけれど、味噌味系だったので〆の中華麺を試しに一本啜ってみたら七転八倒の痛みが走った。
どうやら麺を啜ることにより傷口が頬に圧迫されたらしい。
当分、麺は食べられないということを学んだ。

人によるけど痛みは三日程で大分良くなる、と言われたが私のは十三日間続き追加に貰った痛み止めと自前のロキソニンを投入して二週間目くらいにやっと痛み止めを一粒も飲まないで暮らせる日が訪れた。
五日目くらいまではロキソニンの効果が切れた明け方に痛みで目が覚めていた。

その間私のスマホの検索履歴は
「インプラント 痛み いつまで」
「抜歯 痛み 長い」
に始まり
「ドライソケット 何」
「人工骨 失敗」
にまで行き着いた。

二週間以上過ぎた今でもまだ痛みに耐えることもある私は今、経過を見られているところである。受付のマダムが
「いつか絶対に治るんだけどねぇ、その期間が長いのは可哀相よねぇ」と掛けてくれた言葉の「いつか絶対に治る」を心の糧にしている。

これでまだ、抜歯と抜糸が終わったところ。
私のインプラントへの道は、まだ始まったばかり。
抜歯と抜糸て。
しんど。


トップ画に私がまだこんなことになる前に楽しんだラーメンを置いておきます。



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