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《小説》おばあちゃんの手紙

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朗読手書き小説としてYouTubeでもお聴きいただけます♪ 寝る前に流し聞きなどいかがでしょうzZ 【あおいろ万華鏡ch】にてお待ちしております🩵
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記事一覧

おばあちゃんへの手紙 1

おばあちゃんへの手紙 1

父が亡き祖母宛に捧ぐ、小説を執筆中私は曾孫として曾祖母宛の小説を校正中小学生の頃、読書感想文を父に添削してもらいながら書いた日々、懐かしい。こうやって巡り巡るのが人生なのかもしれない。

 「悟(さとる)、何遠慮してるの。早く上がっておいで」

 私は玄関で靴を脱ぐのを躊躇いながら立ち尽くしていた。
 「おばあちゃん?」私は小さな声で恐る恐る尋ねる。
 「なに、当たり前でしょ。忘れちゃったの。さぁ

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おばあちゃんへの手紙2

おばあちゃんへの手紙2

おばあちゃん、お手紙ありがとう。

おばあちゃん、
いつも手をつないでくれてありがとう。

お散歩に連れて行ってくれてありがとう。

買い物に連れて行ってくれてありがとう。

柴又のおばさんの家に
連れて行ってくれてありがとう。

松戸のおじさんの家に
連れて行ってくれてありがとう。

夜、一緒のお布団で寝てくれてありがとう。

僕が夜中おしっこにいきたくて起きて、
でも一人でいくのはとても恐くっ

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おばあちゃんへの手紙3

おばあちゃんへの手紙3

今、私は下町で小さな町工場を営んでいる。

従業員はいなく、自分の妻に経営の事務的な事一切を手伝ってもらっている。

昔から機械いじりが好きで、
小さい時はいらなくなったラジオや時計を見つけては、
よく分解して組み立て直し遊んでいた。

機械と向き合っている時は、
頭の中の思考、
無駄なおしゃべりがピタリと止まり、
静止した時の中で
その美しい機械の配列に魅せられていた。

そんなわけで、
将来は

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おばあちゃんへの手紙4

おばあちゃんへの手紙4

その夏、
葛飾区柴又に住んでいる叔父叔母が
久しぶりに家にやってきた。

私の父の妹夫婦であり、
その妹である柴又のおばさんは
小さい時よく可愛がってもらっていた。

しかし、自分が結婚して以降は、
妻の親戚との付き合いが中心となり、
めっきり足が遠のいてご無沙汰していたのだ。

ただその日も私は
家を留守にしていて会うことがかなわなかったが、
一緒に同居している父と母が出迎えてくれていた。

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おばあちゃんへの手紙5

おばあちゃんへの手紙5

ある夜、

また私は夢を見た。

そこは病院の廊下だった。

廊下に据えられたベンチ型のソファに
私の母が座っていた。

「どうしたの?」
と近づきながら尋ねると、母は答えた。

「お見舞いに来たの。
でもどの部屋だったかわからなくなって
いま少し考えていたところ。」

「誰のお見舞い?」

「何言っているの。
おばあちゃんよ。入院したばかりじゃない。」

「えっ」
私は驚きで言葉を失った。

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おばあちゃんへの手紙6

おばあちゃんへの手紙6

最初のおばあちゃんの夢を見てすぐに、
私は四国八十八ヶ所のお遍路を思い立った。

おばあちゃんのお墓参りをするうちに
仏教というものに、にわかに興味を抱き、
うちのお寺が真言宗であったというご縁もあり、
弘法大師ゆかりの地を巡礼してみようと思ったのである。

ただ歩き遍路は時間的に難しいので、
家族一緒に車で回れば良いだろうと車遍路を選択した。

半分は家族旅行がてらの軽い気持ちで、
その夏休みか

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おばあちゃんへの手紙7

おばあちゃんへの手紙7

御本堂では
正座をさせられるかと思ってヒヤヒヤしたが、
背もたれのない椅子がずらりと並べられていて
ホッとした。

私たちが着席すると、
和尚様はご本尊様が祀ってある
一段高い畳の間に上がり、
我々の方を向いて正座した。

「これからみなさんは
八十八箇所のお寺をお参りするわけですが、
真心のお参りで受けた納経印や修行着、金剛杖は、
一生のお守りとなります。
どうか、みなさんの一番大事な願いを

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おばあちゃんへの手紙8

おばあちゃんへの手紙8

二日目に入り、道も徐々に険しくなってきた。

徳島県には、
88ヶ寺中23の寺があるが、
その中でも12番札所に当たる
焼山寺(しょうさんじ)へとむかう道は
難所と知られている所だ。

歩き遍路では、
健脚5時間弱足8時間と言われ、
最初に出会う峠越えの難所。

たとえ車といえども
運転していてクタクタになる。

車一台がやっと通れる山道で
片側は山の腹、片側は谷底へ落ちていく崖
といった感じで、

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おばあちゃんへの手紙9-1

おばあちゃんへの手紙9-1

雪舟さんのあとについて、
まずご本堂の前へと着いた。

雪舟さんはしばらく手を合わせて黙想した後、
小さく何やらつぶやいて、
おもむろに持っていた持鈴を目の前にかざし、
ゆっくりと一定の間隔を開けながら鳴らした。

持鈴は魔除け、獣除けの鈴として
通常頭陀袋などに下げて歩いているのだが、

読経の際には
その場の空気を清らかな波動で整える役割を持つ。

澄んだ美しい鈴の音が
チリーン、チリーンと響

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おばあちゃんの手紙9-2

おばあちゃんの手紙9-2

そしてみんなの後ろに
回り込みながら移動を始めた。

もちろんみんなはその場で
直立不動のまま宝号を唱え続ける。

「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛、、、、」

おもむろに雪舟さんは
一人の背中にむけて合掌したかと思うと、

右手の人差し指中指2本を立てて、
その背中に文字のようなものを振りかざし描いた。

瞬間私は、「梵字」だと直感した。

梵字とはよく卒塔婆の一番上の部分に書かれている

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おばあちゃんへの手紙10

おばあちゃんへの手紙10

翌年も夏休みを利用してお遍路の旅に出かけた。

日数にしておよそ五日間ほど、
ようやく作り出せた時間だ。

家族全員の予定を合わせるのは難しい。

それでもまだ、
三人の子供が小さいので融通が効きやすい。

佳乃が小学三年生、勇一が今年より小学一年生、
勇作が三歳。

八十八カ所の札所を
一度に全部回ることを「通し打ち」といい、
何カ所か小分けにして打つことを「区切り打ち」という。

また、徳島(

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おばあちゃんへの手紙11

おばあちゃんへの手紙11

夜と朝の狭間で独特の陰影と色彩を輝かせている
静穏な時間は本当にあっという間に終わった。

数秒前の情景が、
刹那の幻想であったかのようだ。

一日の貴重な始まりの時間を
プレゼントされたようで、
清々しい気分で満たされていた。

10分もすると、
朝日は日常の太陽へと姿を変え、
もう直視することはできない。

辺りも
先ほどまでの漆黒の闇はどこへ行ったのだろうと、
見紛うほど普通の晴れた朝の風景

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おばあちゃんへの手紙12-1

おばあちゃんへの手紙12-1

高知のお寺を順拝しながら、
道すがら龍馬ゆかりの地も訪ね歩いた。

宿は龍馬の実家があったとされる(跡地)付近に建てられたホテルに泊まり、
龍馬が子供の頃通ったとされる剣術道場跡地を訪ねたり、
高知城にも登城してみた。

そして龍馬ファンとして
何よりも訪れてみたかったのが桂浜である。

司馬遼太郎さんの小説
「竜馬がゆく」に何度も登場する砂浜で、

有志達によってそこに建てられた龍馬像を
一度こ

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おばあちゃんの手紙12-2

おばあちゃんの手紙12-2

恐怖ではなく、
このような畏敬や畏怖の前では
自分が小さき者であることが
幸せの大きなポイントであると、
腑に落とすことは容易だ。

普段私たちは常に大きくありたいと願い行動する。

立派になること、
みんなに認められるようになること、
夢を実現させていくこと。

それが叶わないと
勝手に惨めになって自分は不幸だと追い詰めていく。

大きな者であることは、
実は自分を追い詰め、
虐げることと同義だ

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