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おすすめ本ランキング⑤

ここではすでに投稿した読書感想文ですが、4半期ごとのおすすめ本10冊を選んでいます。5回目の投稿です。この1〜3月に読んだ27冊から選びました。

社会科学、人文科学系に偏らないよう、自然科学系もたまに読んでいますが、まだまだですね。

1 『危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫)』E.H.カー

20世紀国際政治学の記念碑的著作。1920年代の現実を無視した理想主義から30年代の理想を完全に排除したリアリティへの急降下と民主主義の無力化を「ユートピア的リアリスト」のカーが鋭く抉り出す。政治と法の二元論、国内政治と国際政治における司法の在り方の対比の辺りに、外交官として、危険なほどリアリティを欠く国際連盟の仕事に携わった経験が活きている。19世紀の利益調和説が強国の論理だとして強く非難するあまり、ソ連やドイツ、日本に関する記述が若干宥和的(第二版で一部削除)な点はあるが、国家を語る上で必読と感じた。

2 『気候文明史: 世界を変えた8万年の攻防』田家 康

人類の活動に焦点を当てる歴史の見方に抜本的な修正を迫る意欲作。筆者は気象予報士で、専門書でも研究論文でもないとするが、綿密なデータや仮説の収集の賜物。人類の移動や文明の浮沈、飢饉や反乱の背景として、地球規模の気候変動が相当寄与してきた可能性は高いだろう。ファラオの洪水予知に基づく権威が乾燥化によって失墜したとの話や、巨大噴火による気温低下がネズミの天敵の哺乳類を減らし、ネズミの棲息域の拡大がペスト禍に通じ東ローマ帝国滅亡の遠因となったとの話は興味深く、地球温暖化もlinearな予測だけでは不十分に思える。

3 『論語物語 (講談社学術文庫)』下村 湖人

下村湖人による昭和13年の作品。論語そのものの注釈ではなく、その言葉から個々の物語に仕立て直したもの。10頁ほどの各章が、まるでショート動画を観ているような気にさせる展開。行間を言葉豊かに埋める技術によって、逐語訳よりよほど読み易い。心に響いた言葉の中に「剛いというのは、人に克つことではなくて、己に克つことじゃ」「君らがわしに学ぼうとするなら、わしの生活を見ればいい」「自分は自分の言葉を、残らず実践によって証明してきたのだ」がある。AI時代の今、言葉は人のものであるかも自明でないが、行動を偽るのは難しい。

4 『生き物の「居場所」はどう決まるか-攻める、逃げる、生き残るためのすごい知恵 (中公新書 2788)』大崎 直太

チョウの専門家が、動植物の生態に係る思想・研究の歴史を自らの研究も含め紹介した本。キリスト教的な天地創造や種の分類学から始まり、種の生存競争の有無に関する学術史を説明。植物を食べる動物・昆虫は天敵に存在により密度が低く抑えられ、植物を巡っての競争はないという説が、生物のニッチは天敵との相互作用により天敵不在空間として存在するとの説に発展したが、近年、筆者を含めた研究により、天敵不在空間を巡って近縁種間で繁殖干渉という競争があることを検証。査読雑誌への掲載をめぐる攻防も詳述され、研究者達の執念が興味深い。

5 『ドイツ公法史入門』ミヒャエル・シュトライス

公法+法史と言う新分野を開拓した第一人者が、大学初年生にも理解できるよう、2000頁以上の研究成果をコンパクトに再編集した本。17世紀に良き秩序の総体(ポリツァイ)について論じた学問の一部がポリツァイ法、その後の行政法に分化した歴史や、ナチスや東独での学問的中断、戦後の社会国家化や民主主義との関係性等を簡潔に説明。近年の国民国家の輪郭の変化により公法が再び私法、刑法と強い結び付きを持つ中、国家と憲法、行政と行政法を再統合させ、支配と自由、国家と社会の相互作用に関心を向けるよう説く姿に歴史家の信念を見た。

6 『精選 物理の散歩道 (岩波文庫 青956-1)』ロゲルギスト

東大物理学科卒の学者グループが1960年代中心に行った月1回の議論を基に書かれた随筆集。洋服は二着交代に着た方が良いか、呼鈴はなぜ鳴るか、ぬれた砂はなぜ黒いなど、「定説」の真偽や、当たり前だと思っている現象の真の原因を、議論・対話を経て綴った作品が並ぶ。半世紀程も前に書かれた文とは思えない新鮮な発見が多い。翼の揚力がなぜ働くか、航空博物館の説明が誤っていたことを知る。最後の作品で要約の権化である教科書を無条件に受け入れない反要約精神が説かれているが、作品集全体を貫く精神であり、文理問わず拳拳服膺したい。

7 『行政改革の国際比較:NPMを超えて』C・ポリット,G・ブカールト

欧州の行政学者が欧米12ヶ国でのNPM、NWS、NPGの各モデルによる行革動向を丁寧に比較分析した好著。各国の公共部門の堆積構造を根本的に転換することは困難であること、信頼度や政府規模に係る相対順位はほぼ不変であること、デジタル国家など新たなモデルに近づく取組には5〜10年掛かるとしていることなど、自分の経験に符合する結論に納得感。膨大な参考文献も研究者や実務家が重宝するはず。日本でも公共私のネットワークとデジタル化が鍵だが、トレードオフ等も考慮した有効性がどう測定可能かなど、思考の幅を拡げる示唆に富む。

8 『禅と日本文化 (岩波新書)』鈴木 大拙

昭和15年に原文の英語から訳された日本文化論の古典。太平洋戦争直前期に出版されたことも驚きだが、外国人のために書かれた本であるが故に、予備知識なくとも日本美術、武士、剣道、儒教、茶道、俳句のあり様に禅が果たした役割を明快に理解できる良書。精神に焦点を置き、形式を無視し、孤絶に至って到達する無意識や悟りが禅だと理解。和・敬・清・寂の四要素を本質とする茶の湯や、論理性や哲学性を持たずに最深の真理を直覚的に掴み、表現する俳句が、禅といかに密接に関連しているかを知り、日本人としての余生のあり方を再考するに至った。

9 『スピノザ――読む人の肖像 (岩波新書 新赤版)』國分 功一郎

主著エチカを中心にスピノザの著書のエッセンスを、「読む人」の観点から潜在的哲学者に問いかけた好著。スピノザの言葉遣いが独特で、かつ結論と言える定義と公理を先に挙げて論述する様式のお陰で読み解くのは骨の折れる作業だと思われたが、それ故に筆者がのめり込んだのだと想像。関心を持った概念としては、自己の存在に固執しようと努力するコナトゥスというホメオスタシスに似た概念や、至高の権力を承認する契約だけでは足らず、道徳心に従うとした神との契約(法制度や理性的計算だけに還元できない何か)が必要とした独特の国家論がある。

10 『同調圧力:デモクラシーの社会心理学』キャス・サンスティーン

Nudgeで有名なHLS教授による特定の社会を超えた同調傾向と向き合う制度論。同調やカスケード自体は問題ではないとしつつ、人々が有益な情報を公にしないこととなる結果、大間違いをもたらしうるとする。コロナや大震災で多くの人が経験した利用可能性ヒューリスティックとカスケードとの組合せは、メディアの報道姿勢によっても増幅されてきたと感じる。合衆国憲法が保障する連邦制、二院制、米国に特徴的な合議制執行機関は同調傾向への遮断力を持つとするが、日本の二院制や地方自治の機能はどうか。法学教育での多様性重視は首肯できる。

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