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納骨への道④大谷本廟

しばらく、この記事を上げるのに間が空いてしまいました。

この話はまだ、コロナが今よりずっと広がっていて、行動制限がかかっていた時期の話です。

これまでの経緯は、こちらで読んでいただくとして・・・

京都で落ち合った私たち家族は、一路大谷本廟へ向かいました。

紅葉の始まった京都は、それはそれはもう、かなりな混み具合でした。

駅構内にいくつもあるお土産屋さんで、いずれも店の外まで行列になっているのは初めて見ました。

大谷本廟も、かなりな混み具合でした。

沢山ある受付窓口に、番号札。

まるで、銀行の受付のようでした。

受付までの待ち時間は約2時間。

受付を済ませ、別室でもうしばらく待つと、やがて小さなお堂に移動します。

そこで、お経を済ませると、「明著堂」へと移動します。

そのお堂は、親鸞聖人の遺骨が納められているというところです。

祖父の時も、この場所でした。

そこへ、お坊さんがお骨を納めてくれます。

私たちからは見えないところで行われますが、無事納められると、手ぶらのお坊さんが戻ってきて、終了となりました。

あっけないものです。

感傷に浸る時間はあまりなく、段取り通りに済ませると、やっと終わった、ほっとした・・・そんな思いでした。

それにつけても。

沢山のお花に囲まれ、多くの人が往来し、お経も毎日聞けて、こんな良いところはないな、と思いました。

きっと祖母も、満足してくれていると思いました。

帰りに利用したタクシーのおじさんによると、今日の大谷本廟はまだましだ、そもそも人数が少ないし(コロナになってから、納骨の件数自体はそれほど減ってはいないものの、納骨に伴ってやってくる人の数が減ったとのこと)もっと長い人は、朝の8時ごろに申し込みして、2時ごろに済んだという話を聞いた、と言っていました。

家族と別れ、帰路に付きました。おたがい、また元気な姿で会おう、と言いながら。

母も、帰りの電車ではぐったりしていました。かなり歩いたし、コロナになってから電車にすら乗っていなかったのだから、無理もないと思いました。

改めて、自分が母と同じ年の頃、京都に納めに行けるのか考えました。

母には私と東京から来た家族がいました。

でも、私には居ないから、きっと無理だな、と思いました。

父母の納骨に行くのは恐らく、そんな遠い将来の話ではないんだろう。

そしてきっと、お墓じまいも・・・

1人でも身体が動くうちに、そして、まだ経済的な余裕があるうちに、やっておかねばならないことなんだな・・・と思いました。




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