神の約束を信じることで救いを受ける(信仰による義)

御霊を受けることは神の奇跡です。どうすれば、油注ぎを受けられるのでしょうか?神の約束を信じることによってです。

その約束とは、イエスの十字架での罪びとの身代わりによる血の注ぎ出し(死ぬこと)によって、御子を信じる人の罪が赦されるのだということを信じることによってです。

つまり、人が罪をもっていても、その罪によって人は死ぬことはないという約束です。

なぜなら、キリストが罪びとの身代わりに罪においてすでに死んでくださったため、神の約束(神の義)を信じる人は、罪によって死ぬことはできないのです。

キリストの死刑によって罪人の死刑がすでに執行されているからです。

これを信じる者は正しい者とされるのです。信じるなら、神は、罪びとを罪のない者とみなします。

しかし、神のみことばを行う必要はあります。みことばは、永遠に存続し、みことばを行う者は永遠に生きるからです。みことばを行わないなら、不信仰となります。罪から解放されたからといって、みことばをおこなわないでいいことにはなりません。神と隣人を愛し、且つ、聖なる者となるのです。

信じる者の信仰を義とするために、キリストは復活されました。このことによって、信じる者は、罪(肉)において死に、義(霊)において、生きることが出来るのです。

復活については、「キリストを信じる者はたとえ死んでもよみがえり、また、生きていて信じる者は決して死なない(携挙の時に実現する)」のです。

これが、福音です。この福音を信じることによって、神は御霊を信者に与えてくださいます。

つまり、「キリストと結びついている人は、決して罪に定められることはなく、命をもたらす、霊の法則が罪と死との法則から信者を解放した」と聖書に書いてある通りです。

『キリストの十字架による死と復活により、父なる神から罪びとであるわたしたちが罪なき者とみなされることを信じたから、わたしたちは救われ、神の力(御霊)が与えられるのです。』

イエスがキリストであると信じて、罪のない者とみなされたのなら、御霊によって光の中を歩むのです。

「神のみことば」は永遠に存続します。これが、福音であり、神のみこころは、キリストを信じ、御霊に従い、みことば(愛と聖さ)を保つことです。

アーメン。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?