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ウディアレンの映画って

 2024年1月19日『サンセバスチャンへようこそ』が公開された。スペインのサンセバスチャンを舞台に、旅先で広げられる大人の恋。まさにウディアレンの映画になっている。

 公開当日、私は同日公開でA24の最新作である『僕らの世界が交わるまで』とどちらを見るかギリギリまで悩んでいた。その主な原因が、ウディアレンの作品が映像系サブスクに配信される可能性がそこまで高くないことにある。彼本人のスキャンダルが原因か、『ミッドナイト・イン・パリ』を含め、彼のいくつかの作品は今も映像系サブスクに配信されていない。(スキャンダル前は確か見れていたはず・・)そうなると、劇場に自ら足を運んで彼の作品を直接見るしかない。にも関わらず、私の頭には(まぁいつものウディアレンの作品と同じ感じだろうな)という考えもあり、ギリギリまで二の足を踏んでいた。

『僕らの世界が交わるまで』

 結局、1月19日に私は『サンセバスチャンへようこそ』のチケットを買っていた。『サンセバスチャンへようこそ』の内容としては、素晴らしい映像美と音楽を背景に、旅先の異国の地で行われる大人の痴情のもつれと新たな出会いを眺めるという、まぁいつものウディアレンの作品である。見終わった後の感想は、まぁこんなもんだよな・・・というものだった。
 彼の作品はなんというか、本当に期待を裏切らない。他に良い候補もないので、飽きるほど通ったラーメン屋を昼食に選んだ後の感想と全く同じ。(だが、そのラーメンが再び手軽に食べられるか分からないのがタチが悪い)

 彼の映画は基本的に「舞台」「恋愛」「音楽」がメインになっており、パリやNY、今回でいえばサンセバスチャンを舞台に、クラリネット奏者でもある彼が溺愛する美しいジャズをBGMにしながら、大人の恋愛を眺める作品になっている。言ってしまえば、彼の作品は基本的に、舞台と出演者を変えて同じようなことを繰り返しやっているのである。作品を通してウディアレン本人が訴えたいことは作品ごとによって異なっているが、単純な娯楽作品として見ると大まかな枠組みは殆ど同じである。

 勿論、彼の作品全てが上記のテンプレートのみで完結する作品というわけではない。『ミッドナイト・イン・パリ」や『カイロの紫のバラ』はファンタジー要素が絡んでくるし、『アニーホール』はアニメーションやエキストラとの絡みなど様々な手法が扱われている。
 それでも、上記の作品もウディアレンのテンプレートから完全に逸脱することはない。

『ミッドナイト・イン・パリ』

 なぜ私たちはテンプレートの繰り返しである彼の映画を見るのだろうか。彼の映画が面白いかと尋ねられたら首を傾けるし、彼の映画がつまらないかと尋ねられても私は首を傾げると思う。彼の作品を文字として読んだら、簡素な味気ないものになっているに違いない。それほど、彼の作品は「美しいジャズ」と「美しい映像」に支えられている。そしてそれを同時に味わえるのは映画しかない。映画でしか成り立たない彼の作品は、言い換えれば「映画」というコンテンツを楽しむのに適している作品である。 
 魅力的なヒーローやヴィランは登場しないし、猟奇的な殺人鬼も身の毛のよだつような怪奇現象も発生しない。にも関わらず、私たちは彼の作品によって現実世界から離れ、映画の世界に浸りながら、どうしようもない痴情のもつれをぼんやりと眺め、小さくため息を吐く。


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