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NO GIRL/NO CONNECT

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ


私たちはだれかと繋がってないと秒で死ぬ。

それはあながち比喩でもなんでもなくて、何年か前に大手通信キャリアが引き起こした大規模障害でソーシャルネットワークへの接続が2時間断たれただけで18人の女の子が孤独死した。
秒で死ぬ、は言いすぎだったかな。
各種ソーシャルの更新チェックポーリングの間隔は、だれもが秒単位で設定してるけど。

孤独死って、昔は家族がいないさみしいおじいちゃんおばあちゃんの専売特許だったらしいけど、今は女の子の死に方の主流。
死因はたいてい、しあわせリキッドの過剰摂取オーバードーズ
世界中のだれともつながってなくて、そばにだれもいてくれなくて、だれも自分を認めてくれなくて、だからもちろん自分ですら自分を認めてあげることもできない子たちはリキッドに頼るしかないから。

そういう子たちに比べたら、私はぜんぜん恵まれてる。
勝ち組かもしれない。
お金はないけどセンスはあるし、顔はいいし、そもそも恋人がいる。
私のことを全部許して認めてくれる、やさしくておおらかな年上の人。
ソーシャルに疎くて、ダサくて懐古趣味で頭にチップも挿れてなくて、もうとにかくいろいろ鈍いけどね。
先週から私がヘリックス頭蓋オピストのピアスを1個ずつ増やしているのにまったく気づかない。

だから私は、しばらく恋人への応答をbotにまかせて、バックグラウンドでさっきお店までいっしょに歩いているときに指カメで自撮りした写真を加工してソーシャルにアップロードする。
数秒で20程度のfavいいねがつく。
はあ。まあ、こんなものか。
あ、そうだ今目の前にあるストロベリーフラペチーノもアップしとこうかな。春の新作だしね。

「ごめん、ちょっとスマホ見ていいかな?」
フラペチーノの向こう側にいた恋人が私に問う。
レトロ趣味のこの人は、私のおばあちゃん世代が使っていたような小型携帯端末を使っている。なんか小さな画面がついていて、指で触ると操作できるっていうやつ。
昔はだれもがそれを使ってネットワークサービスにアクセスしたり、写真や動画を撮ったりしてたらしい。

死ぬほどめんどくさそうな機械だよね。
若い子はみんな頭蓋にインプラントしたチップで、直接ネットワークに繋がってるのに。カメラデバイスはネイルでデコれるぐらい小型化されてて、指をかざすだけでさくっと自撮りできるし。

スマホうんぬんはさすがにbotの応答パターンにないので、私はソーシャルへの投稿作業に使っていたバックグラウンドリソースを少しだけ恋人との会話に割り振る。
ほんと、もどかしい。もっといいメモリを積んだチップがあれば、反応速度もテンプレ量も段違いのbotをインストールして、いちいちこんな切り替えをしなくてもいいのに。
あー、お金があればなー。

「いいよ。てか、なんでいちいち断るの?」
「……なんていうか、マナーというか……礼儀、かな」
「?」

本気で意味がわからない。
ネットにアクセスするのって、ほとんど空気を吸うようなものでしょ。
空気を吸うのに許可っている?
それってどんな管理社会?
やば、それってディストピアってやつじゃね?

私の恋人は、少しだけ困ったように笑う。
はー、しらんけどなんかウザ。
付き合ってけっこう長いけど、いまだにこの人のことはよくわからない。
ひとまず元通り、あたりさわりのない会話はbotにおまかせ。
私は目線だけは会話の相手に向けながら、バックグラウンドで投稿する写真を吟味する。

「ちょっと調査を頼んでてね。その結果が届いたんだ」

写真を加工。もうちょっと明るく。私のネイルもかわいく映るように。

「いや、たいしたことじゃない」

絵文字とスタンプを入れて、写真全体をデコって。

「ところで今の身辺調査ってすごいんだよ。誰がいつ・どこに行ったか以外にも、いつ・どこのネットサービスにアクセスしてなにを処理していたのか詳細に調査できるんだ」

ちょっと写真が暗いかも。うーん、もっかい撮りなおそうかな。

「で、驚いたんけど……きみって、あたしと会っている時間の90%はソーシャルネットに接続してるんだね」
「えっ?」

botの自動応答の想定外で、絶賛写真の加工作業中だった私に割り込みインタラプトが入る。

「おや、さすがに自動応答はやめてくれたんだね。そんな機能を使うぐらいなら、無視してくれたほうがよかったんだけど」

怒るでもなく呆れるでもなく、淡々と、またよくわからないことを言う。

「ごめん、あたしはもっときみといっしょにいたかったけど、無理みたい。あと、新しいピアス似合ってるね。かわいい。さようなら」

さらにわからないことを言って彼女は私の前から去っていった。永遠に。

はあー?
ミリも意味がわからん。
いっしょにいたかったってなに?
今日もそうだし、いつだっていっしょにいたんだが?
いったいなんの不満が?
若くてかわいい私がお前ごときBBAに10%もリソース割いてやっただけで光栄に思うべきだし、そんな私が求めたら(なんなら求めなくても)いつだって「かわいいよ」って言うべきだし、たまには頭をなでてよしよししてもいいし、とにかく無条件に私を認めて愛するべきでしょうが。

つかわざわざ調査とか、キモ。コワ。ウザ。
はー、まったく信じらんねー。
私たちのあいだに信頼とか愛はなかったの?

まあ、わかってた。
わかっていたけどね。
いい年して分別のある大人って、すぐこれだから。
私みたいな持たざる者の気持ちなんて、これっぽっちもわかってくれない。まわりの人たちも無神経なバカばっかり。

はー、つら。
つら。
つら。

死にてー。

や、何万回目の「死にてー」だろこれ。

でもしょうがないじゃん。
人生ハードモードで、はかない私たちはいつだって基本的に死にたいし、生きるためには宇宙開闢にも匹敵する膨大なエネルギーを必要とするのだ。マジで。
だから生きているだけで称賛されるべきだし、世界はもっともっとやさしくあるべきなんだ。
いつだってやさしい、はずなんだ。
でも、やさしかった。
いつだって、あの人は。

はー。
つら。

とりあえず帰って、酒でも飲みながらしあわせリキッド挿れよ。

リキッドが入った注射器インジェクションといっしょに記念撮影。
ソーシャルにアップしたら32favいいねだった。

ありがとう。みんな大好き。愛してる。

イラスト:フミヨモギ


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