見出し画像

[法案調査] 生活困窮者の支援制度は、生活保護との二重制度を早期解消すべき

要旨

2024年参議院にて議論される「生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案」について、浜田聡参議院議員の依頼で調査し結果の公表を行う。

(参考)第213回国会(令和6年常会)提出法律案 ー 厚生労働省
(参考)法律案新旧対照条文 ー 厚生労働省


背景

生活困窮者の支援制度は2015年から施行された比較的新しい制度。前身は第二のセーフティネットといわれた「住宅手当」である。

最も直接的な救貧を担ってる生活保護制度は、古典的な議論では不当な低賃金労働による搾取を防止する目的も含まれており、そういった観点からは就労勧奨は「強制的な労働」への懸念から慎重に行われている。

一方で生活困窮者の支援制度の対象者は以下のように定義されており、「就労の意思を持っているもの」の生活を立て直しをサポートする制度と区分されている。

1,収入要件:[市町村民税均等割非課税額の1/12 + 生活保護の住宅扶助基準額 ] を下回る。(例:東京都特別区単身世帯 13.8万円)
2,資産要件:前項収入要件の6倍以下 or 100万円以下
3,求職等要件:公的な無料職業紹介において熱心に求職活動を行っている

その実務は地方自治体が担い、様々な支援制度に対しワンストップで対応するのが特徴。ワンストップとは、必ずその窓口ですべての対応をすることで、いわゆる ”たらいまわし” や ”水際対策” を防ぐ意図がある。

予算はおおむね2/3を国費が、1/3を地方自治体が負担し、生活保護制度と同じ分担となっている。支援制度はすべての自治体で設置される必須事業と、必要に応じて採用される任意事業に大別される。

・必須事業
1,自立相談支援事業:ワンストップ窓口のことで、支援プランを作成。
2,住居確保給付金:旧「住宅手当」。最大9カ月の家賃補助。

・任意事業
1,就労準備支援事業:生活習慣の指導や就労体験、職業訓練等。
2,中間的就労:ボランティアワークやトライアル雇用。
3,一時生活支援事業:3か月程度を上限に宿泊場所や食事を提供する。
4,家計相談支援事業:生活資金貸与(借金)の斡旋、家計支出の指導。
5,学習支援等子どもに対しての支援事業:学習支援等のプログラムなど。

令和5年度予算は本予算545億円+補正予算60億円である。


生活保護法は古い制度であるため広範な見直を要するものの、左派団体からの人道的観点による改正への抵抗が強く、改正しづらい状況が長く続いている。生活困窮者支援制度は、現代における社会問題と生活保護制度とのギャップを埋めるために創設されたこともあり、両制度の連携と見直しは常に行われてきた。その中で以下の社会情勢を受けたことが、改正法案提出の契機となったと考えられる。

①昨年2022年、生活保護法における一時保護施設(シェルター事業)での不正会計等を疑われたいわゆるColabo問題では、かねてより懸念されていた一時保護施設や家計支援指導の密室性に注目が集まった。

②た大阪府の与党である維新の会が先導している教育無償化政策では、生活困窮家庭における子供の学習環境や進学を困難にする事由などが着目され、教育無償化制度との整合性が論点となった。

③新型コロナ感染症対策における”自粛”および日本政策金融公庫特別貸付の返済開始に伴う失業倒産等により、生活保護受給者は大幅に増加した。

今回、生活困窮者自立支援法・生活保護法・社会福祉法・住民基本台帳法を改正する目的は、①居住支援(シェルター事業)の強化とそのチェック体制の構築、②子供の学習支援事業の強化、③就労支援事業を生活保護制度内への横展開 である。

(参考)制度の紹介 ー 厚生労働省 (mhlw.go.jp)
(参考)生活困窮者自立支援法を巡る最近の動向 ー 厚生労働省 2022年9月

厚生労働省2022年9月


法律案の概要

1,居住支援強化

①”失職時”に支給される住居確保給付金の対象を拡大し、”高齢世帯など”が家賃の安い住宅に転居する費用にも充てられるようにする(生活困窮者自立支援法第三条3)。
無料定額宿泊所事前届出を義務化し、報告の要求や立ち入り検査を可能にするなどチェック体制を強化する(生活困窮者支援法第二十二条3)。違反した場合は30万円以下の罰金を科す(社会福祉法第百六十三条)。

2,子どもの貧困への対応

①進学や奨学金に関する情報提供や助言を法制化(生活保護法第二十七条の二)。
②高校卒業後に就職した人に、進学した場合と同様に一時金を支給する(生活保護法第八章)。新生活立ち上げ費用として1人暮らしでは30万円。家族と同居を続け、新たな収入で世帯全体が生活保護を受給しなくなった場合は10万円を支給する(NHK)。

3,支援関係機関の連携強化

①生活保護法における被保護者の中で就労による自立が見込まれるものを特定被保護者(新設)とし、生活困窮者支援法における就労準備支援・家計改善支援・居住支援を受けられることとする(生活保護法五十五条の十一)。
②生活保護制度においては各事業者の連携をはかる調整会議(新設)を設置し、生活困窮者支援法における支援会議、社会福祉法における支援会議と連携することとする(生活保護法第二十七条の三)。
③医療扶助や健康管理支援事業について都道府県が広域的観点からデータ分析し適正化を図る努力義務を設ける(生活保護法八十一条の二)。

(参考)経済的厳しい単身高齢者 生活保護世帯の子どもなど支援強化へ ー NHK


事前評価

1,居住支援強化

①生活困窮者支援法の前身としての”住宅手当”の性質から考えると、活用の幅を広げるのはあってもよいかと思う。乱用を防ぐため転居費用込みで、転居によってどれだけの家計および公的支出軽減になるかの数値的根拠の報告は必要と考えられる。
②Colabo問題では被保護者のプライバシー保護を理由に詳細な報告を拒絶し疑惑が生まれた。改正案では調整会議(新設)および支援会議で収集した情報の漏洩に対し罰金が科せられるようになっており、プライバシー保護と実態把握両方に配慮した条文となっている。一方で生活保護法では調整会議を通じた情報収集にとどまり、踏み込みが甘いのではないかと懸念される。すでに大阪府や埼玉県など一部の自治体においては、条例において行政からの報告要請や立ち入り検査を実施している。また家計改善事業・住宅支援等におけるいわるゆ”密室状態”の中で行われる違法行為に関する罰則規定は、社会福祉法の中で間接的に規定されるに留まった。

2,子どもの貧困への対応

①情報提供や助言は任意であるが、行政による就学支援・就労支援は先見性にかける傾向がある。大学進学による所得向上・就労安定効果は近年では低下しており、独占業務を伴う理系資格保持者の該当職への就労のほうがより明確な効果が得られている。また中堅以下大学卒業者の高卒と変わらない就労や、高卒者の肉体労働系技術資格職の待遇向上など、進学と就労に関するパラダイムシフトは今後明確になっていくと予測される。この状況下で相談員が個人的な価値観にとらわれることなく、最新の統計調査を共有した品質保証(Quality assurance)が必要になるのではないかと考えられる。
(筆者過去調査)揺らぐ大卒の価値 〜「学歴フィルター」が人材の流動阻む – SAKISIRU
②被保護家庭・生活困窮家庭出身の子供が自立することを促すのは適切であり、そのボトルネックが新生活立ち上げ資金である可能性はありうる。どちらの一時金も人生で1度きりのものであることから大きな支出になるとは考えにくく、財源が確保できるのであれば望ましい対応であると考えられる。

3,支援関係機関の連携強化

①新設された特定被保護者および調整会議であるが、生活保護法と生活困窮者支援法の違いが曖昧になっていくものと捉えられる。従来より生活保護法では勤労控除が設定され、保護離脱時の準備金として貯金10万円+積立金支給10万円= 計20万円を確保できるなど、特定被保護者という枠組みを作らずとも就労支援制度が充実していた。また就労支援としては誰でも利用できるハローワークがある。ゆえに生活困窮者支援制度の中心である就労支援は重複した行政制度であり、その存在が制度を複雑化させているから特定被保護者の枠組みが必要になるのであって、本来不要であると評する。

生活保護制度における勤労控除と積立金

調整会議もまた生活困窮者自立支援法から生活保護法への横展開であり、重複した類似の制度があるために、本来1つで良いはずの会議が最大3つ並立し連携しなければならないと、深刻な行政の非効率につながっている。左派政治団体からの異論をふまえた制度改正の経緯は理解するが、原理原則としては2:1ルールに基づいて生活保護法と生活困窮者支援法を合流させシンプル化し、行政コストを抑えて会計を明瞭化すべきである。
都道府県による医療扶助の広域データ収集分析の努力義務であるが、データを集積しても都道府県における医療福祉の裁量権が限られているため、効率化のための方略が取れないのではないかと懸念される。

4,予算および行政コスト、2対1ルールの観点

①予算に関しては、生活保護者、生活困窮者ともに新型コロナ問題を通じて対象者は増加している中で、さらに居住支援強化による引っ越し費用助成への転用、困窮世帯の子どもの自立支援一時金の新設など、支出は純増すると考えられる。就労準備支援は福祉事業としては有意義あるものの、歳出抑制効果としては十分な効果量が認められた証拠はない。
②行政コストに関しては、調整会議の新設および支援会議との連携子どもの進学就労助言、都道府県の医療扶助および健康管理支援事業におけるデータ集積の努力義務によって、事務コストが純増すると考えられる。各会議には参加者の人件費が必要と考えられる。また子どもの進学就労助言においては助言人員の確保および研修教育費が必要と考えられる。さらに医療扶助広域データでは集計解析におけるシステム構築と技術者人件費、助言とりまとめに関する有識者の人件費、助言を条例化および執行する人件費が必要と考えられる。それらの事務コスト増分を金額による客観的数値として事前評価に加える必要がある
③2対1ルールの観点では、本改正案は条文の追加と複雑化であり、さらに一つの政策目標に対し重複した制度となっており、簡素化に関しては全く考慮されていないと評価できる。これは救貧予算の不透明化や行政の非効率化の原因となりうるため、改善を要する。


想定質問

①報告要請や立ち入り検査を踏まえて不正があった場合の罰則規定

シェルター事業や家計改善支援における不正防止のためには行政からの業務委託をうける事業者について、生活困窮者支援法・生活保護法・社会福祉法において足並みをそろえた形で調査・罰則・取消・返金に関する規定を制定する必要があると考えるが、本改正案では十分な制度間の均質性がとれているか問う。

②就労及び進学は2:1ルールや規制緩和で実現を

就労準備支援は生活困窮者自立支援法の柱の一つであり、本改正案では特定被保護者の新設という形で横展開される。しかし生活困窮者および被保護者のパーソナリティや、就労継続上問題となる特性については千差万別であり、一般的な社会生活に”当て嵌め”たり、訓練資金を行政が支出することが、実際の就労へつながらない懸念がある。
本来、就労というのは様々な仕事を転々とする中で、何かのきっかけで自分の才能に気づいたり、特性とマッチする就労条件とであったり、信頼できる人間関係と出会えたりするものである。非大卒労働者へのヒアリングでも共通しているのは訓練よりも重要なのは試行回数であり、そのためには雇用と解雇に関する規制や”囲い込み”的な性質を持つ社会保険制度の見直しのほうが必要である。
就労の斡旋については既にハローワークが行政サービスとして機能しているが、雇用の安定という観点を重視しすぎており、労使ともに「相性が良いかどうかわからないから試してみる」ことができない部分が問題である。
またこれは子どもの就労進学に関する助言についても同様で、既存価値観で将来の見通しを考えるより、まずはいろんな仕事をしていくうちに自立することを優先することが、最善のマッチングであるともいえる。
よって雇用に関する様々な規制緩和で解決できる問題に対し制度を複雑化し重複部分まで作り、行政コストを増大させることは適切であるか懸念がある。この点について2:1ルールに基づき救貧政策や雇用支援の一本化、簡素化による行政コストの軽減について考慮されているか問う。

③医療扶助および健康管理事業の効率化は道州制の議論で

医療費は厚労省により全国一律で公定価格が決められており、画一的な診療報酬が設定されている。集積したデータにより効率化を図るとしても、現状は”暗黙の了解”となっている県単位における技官による診療報酬査定の基準の違いについて、行政が指示介入し強化するという方略しか取れず、透明性と公平性に欠ける方法である。
そうであればより明確に広域自治体が社会保障制度を差配できるように、従来より議論されている社会保障制度の実施主体および予算・徴税権を都道府県へ移譲することを議論すべきではないか。社会保障のニーズは地域によって異なるため、各広域自治体で独自の社会保障サービス、保険料率を設定することは、ミクロ経済学の観点からも推奨される。また広域自治体単位については現行の厚生局区分に基づいた道州制をとることも考えられる。
以上を踏まえて都道府県による医療扶助・健康管理支援事業の適正化に関する市町村に対する助言については、具体的にどういった方略を想定しているか問う。

この記事が参加している募集

仕事について話そう

お金について考える

自由主義は寄付文化と密接な関わり合いがあります。この記事が貴方にとって価値があると感じたら、その気持ちを著者に伝える最善の方法がコチラです!