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他人を簡単に信用するな。

人の発言のほとんどはポジショントークである。基本的に人は今の自分を肯定するために、自分の立場から物事の結論を導き出そうとする。

何が良くて何が悪いか、どうするべきかしないべきか、何が正しくて何が間違っているのかなど。人間は自分の目線でしか物事を見れないため、その人の発言は主観的なもの以外にはなり得ない。

他人に軽々しくアドバイスする人は、自分の考えが正しいと思い込んでいる。他人の状況や環境、背景といったものはその人にしかわからず、他人が少し話したり接したりするぐらいでは到底わからない。

5分10分話をしただけで「わかります」などとありきたりな共感を示してくる人には注意したほうがいい。まず間違いなくその人はあなたのことに共感なんてしないし、何一つわかっちゃいない。

ただ「共感はコミュニケーションにおいて大事」みたいなことを自己啓発本やらで目にし、それを実行しているだけに過ぎない。

人間は本質的にはみんな同じではあるが、個々の事情や背景はみんな違う。その人が何を考え、何を抱え、何を正解として行動しているかは他人にはわからない。その人の発言も自己正当化を含んだポジショントークであるため、発言からはその人の真意は決してつかめない。

だからこそ、人を見るときは「発言」ではなく「行動」を見なければならない。その人が言っていることからその人を判断するのではなく、その人が実際に取っている行動を見るのだ。

行動は言葉とは違って偽ることが難しい。一時的になら欺瞞的な行動をとれるかもしれないが、長期的に自分を偽った行動をとることはできない。どこかで必ずボロが出るものだ。

芸能人やアイドル、成功者やインフルエンサーといった人たちに憧れを抱くのが危険なのはそういうことである。

一般人は彼ら、彼女らのテレビや雑誌、YouTubeなどで言っていることを聞き、その情報を頼りにその人の人間性をわかった気になる。

「あの人は本当に優しい」
「ファンのことを思って行動している」
「毎日頑張っていて尊敬する」

テレビやYouTubeで見ただけの、会ったことも話したことも遊んだこともない人のことを、人はいとも簡単に理解した気になる。

自分が見ているものが真実だと思い込み、自分の考えや解釈が正しいと勝手に決めつけて相手の人間性を判断する。

基本的に人間という生き物はみんな嘘つきである。

嘘をつくことは人類の進化的に有益だったからこそ、嘘をつくという性質が私たち現代人に引き継がれている。嘘をつくことになんの有益性もなかったのであれば、嘘をついた人類はとっくに遺伝子のプールの外にはじき出されていただろう。

一般的には嘘をつくことは良くないことと言われているが、嘘は人間関係を円滑するものでもあり、自分を守るためのものでもある。

嘘がまったくない社会を想像してみてほしい。初対面の人の顔が気に入らなかったとき、「あなたはブサイクですね」などと他人に言われたらどう思うだろうか。恋人や家族のために頑張って料理を作ったのに、「まずい」「こんなの食えたもんじゃねぇ」と言われたらショックを受けるだろう。

嘘は自分と相手を守るためのものであり、それは社会を生きていく上で必要なものなのだ。

もちろん、嘘が人を傷つけることもあれば、騙すこともある。でもそれは嘘の使い方の問題であって、嘘そのものが悪いものではない。嘘をつく本人が言葉をどう使うかという問題に過ぎない。

ポジショントークというのも自分の立場からの発言であって、それが自分の本心であるとは限らない。自分で自分に嘘つき、自分を自己正当化して自分に言い聞かせていることも少なくない。自分で自分を騙しているとき、それに自分で気づくことはまずない。

つまり、何が言いたいのかというと、「人の言うことは簡単に信用するな」ということだ。

これは悲観的な意見ではなく、社会の中でまっとうに生きていくために必要な知恵である。

残念なことに、現代社会は正直者が得をするような社会ではない。正直者がバカを見て、ずる賢い人が得をする社会になっている。

他人の言うことをすべて信じていると、どこかで痛い目を見ることになる。誰かに騙されたり、裏切られたり、傷つけられたり、他人と交流するというのはそういうことである。

だからこそ、最低限自分を守る術を身につけておくことだ。他人は誰も信用するなと言っているわけじゃない。何もかも疑えというわけでもなく、疑問を持つことは大切だよ、と言いたい。

「なぜその人はそういうことを言っているのか」「どうしてあの人はそう思っているのか」と、他人の言うことを盲目的に受け止めて信じるのではなく、発言の真意まで深く考えること。

実際、私の発言の多くもポジショントークに過ぎない。今の自分を肯定するため、生き方を正当化するためにこんなことを言っている可能性もある。

このnoteを読んでいる人と私は会ったこともなければ、話をしたこともない。だから、私の言っていることも安易に信じるのは良くない。ちゃんと自分の頭で考えてほしい。

他人の発言に勇気づけられることもあるだろうが、他人の言葉を自分の中に取り入れるときはしっかりと吟味してからにしよう。

わからないことをわかった気になっているときこそ、一番痛い目を見るのだから。

マーク・トウェインも言っている。

厄介なのは、知らないことじゃない。
知らないことを、知っていると思い込むことだ。


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