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わくわくは、自分で創り出せ

最近、ほんのちょっぴりわくわくしている。わくわくは待っていてもやってこない。自分から掴みに行くか、新しい世界に飛び込まないと得られないものである。

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20代になってから、人生って案外面白くないのかもしれないと思った。

中学、高校時代の、あの「何にでもなれる」「何でもできる」みたいな強い気持ちはいずこにか消えてしまった。あのころはわりとわくわくするものから私の方へやってきていたか、学校という空間の中でわくわくをたくさん与えられていたのかもしれない。

第一志望の大学へ入った。大学生活は前半は楽しかった。初めてのひとり暮らし、中学高校までとは違う個性豊かな人たちとの出会い。面白い人たちがたくさんいた。まだわくわくは向こうからやってきた。新しい世界に飛び込むのも怖くはなかった。

大学生活後半から徐々に調子が悪くなった。まるで今まではキチンとまわっていた歯車の油が切れたみたいな、それどころか歯車ごと外れてしまったかのような。今までの自分はすべて自分自身で作り上げたものではなく、周りの人の目を気にして無理矢理立たせていた虚像のような気がした。わくわくを自ら掴みに行く元気は就活と卒論に吸い取られてしまった。

新卒の就活に失敗して、早期離職して、次の職探しに苦労して、やっと就職した今の会社も正直微妙である。多分私はどこへ行っても「なんか微妙だなあ」と思い続けるのだろう。自分のやりたいことは、本当に自分が思っていることなのか、誰かに忖度してはいないかとどうしても問うてしまう。

毎朝仕事にうきうきしたい。給料日にはテンション上げたい。人生もっとわくわくしたい。

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だらだらと在宅勤務に勤しむ日々に、私はふと思いついた。「このままだらだらしていてもだらだらした人生になってしまう。自分の足で歩いてみよう」と。

無職のころは何かしようと思っても親には言いにくかった。習い事や就職活動だって、何か私がやりたいというたびに小言を食らってきたからだ。しかし、今の私にはわずかながら収入がある。自分のお金で好きなことを学ぼう。未来の自分に投資できる。もっといい職にだって就けるかもしれない。楽しい仕事ができるかもしれない。

私は働きながら通えそうな学校の資料を取り寄せ、説明会に申し込み、ワークショップに参加した。そしてかねてより興味のあった映画の専門学校の申し込みをした。同じく映画好きの友人から教えてもらった学校で、彼女も以前通っていたという。いつか映画業界で働きたいということもあり、申し込みを決めた。

無事に審査も通り、晴れて今月からここの講座を受ける。今はオンラインでの授業がメイン、そして私もリモートワークのため平日の夜の授業も受けられる。どうかあと半年、私が修了するまではコロナが落ち着いてもリモートワークであってほしいと願いつつ、仕事との両立に少々不安を抱きつつ、やらない後悔よりはやる後悔という強い気持ちでいる。

ことを決めるまでには散々一人で悩んでしまったが、決めてからはとてもわくわくしている。初めて自分の意思で決め、自分のお金で通うことになる学校である。自分の人生が大きく動き出した感じがする。きっと良い方向にいくと信じている、いや、いくはずだ。

私はわくわくするものを掴みに行く元気と新しい世界に飛び込む勇気を、再び取り戻しつつあるのかもしれない。

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