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音楽と恋のはなし

私は恋をしたことがない。恋愛をしたことがない。人を好きになったことはある気がする。記憶が曖昧なのは告白して付き合いたいと思うほどではなかったということだろう。

20代になると、友人同士集まると必ずといっていいほど恋バナをする。男女で集まれば恋愛関係に発展する者たちが必ずいる。少しうんざりしてしまうほどだ。

世の中は恋であふれている。わかりやすいのは音楽だ。

あの歌もこの歌も、歌詞をよく聞けばラブソング。炭酸水のようにキラキラしてピュアなラブソング、コーヒーみたいなほろ苦いラブソング、ワインやウイスキーに酔った大人たちのちょっぴりセクシーなラブソングまでよりどりみどり。

有名なあのクラシック音楽の曲だって、作曲者がある人に恋い焦がれて描いた曲。有名なのはブラームスの『交響曲第1番』。4楽章のフーガ部分はあのシューマンの妻、クララ・シューマンに向けた愛の歌であるらしい。マンドリン曲だとジュリオ・デ・ミケーリの『リリー』あたりだろうか。私は曲を練習しながら、あまりに可愛い曲だったのでリリーはミケーリの娘かと思っていた。しかし、曲について調べているうちに娘ではなく妻であることがわかった。

平安時代の和歌だってほとんどが恋の詩。私の好きな和歌に“しのぶれど 色に出にけり 我が恋は ものや思ふと 人の問ふまで”という句がある。百人一首にも含まれているものだ。意訳すると、“好きな人のことを思うとその感情は隠すことができず、周囲の人にまで察されるほどだ”といったところだろうか。

この世に存在する音楽のほとんどは恋にまつわるもの。人間は恋をするために生まれてきたのかと思うくらい、恋なしでは生きられないのか嘆きたくなるくらい、恋とか愛とかであふれている。人の創作意欲をかき立てるものは、今も昔も、恋愛なのかもしれない。


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