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バター風味のコーディネート

 朝から近所の図書館へ行ってきた。

 今日着た水玉模様のワンピースは、パリジャンスタイルを意識したもの。

 黒地に白の小さい水玉がランダムに浮いている。襟はカシュクールで身頃に程よくゆとりがあり、フェミニンだけど長時間座っても疲れないところがいい。
 ピッタリとフィットしてお尻がきれいに見えるシガレットジーンズも好きだけど、一時間もすれば脚がパンパンになって読書どころじゃなくなっちゃう。本を読むならストレスがない服がいい。
 曲線的な水玉柄に、ストンと落ちる直線的なシルエットのアンビバレンスが楽しくて、何度袖を通してもその度わくわくしている。

 好きな服を着て、好きな本を読む。なんという贅沢だろう。

 わたしは文字を読みたい日と絵や図を見たい日があって、今日は後者だった。クリムトの一生について書かれた本や、クラゲの図鑑、昭和の名喫茶50選…と様々なジャンルを旅してときめきを味わった。


 図書館を出たのは12時頃。数分歩いているだけで、額に汗がじわっとにじんできた。高温多湿の中溶けそうになりながら、ぽてぽてと歩みをすすめる。ふと、気候がわたしたちの暮しに与える影響について考えた。

 以前シドニーに滞在した時、お土産屋さんに素敵なアロマキャンドルがあった。顔を近づけると甘酸っぱいラズベリーの香りが漂ってきて、胸がきゅんとした。
 これだ!と思ってお土産に買って帰り、家族に自慢しながら包みを開けた時、わたしは愕然とした。あの爽やかな香りはどこへやら、頭がぐわんぐわんするほど強くて濃い人工的な臭いが部屋に充満した。
 まるで、昔避暑地で出会ったばら色の頬の少女が、数十年後会った時には厚化粧にシワの刻み込まれたおば様に変わっていた位の衝撃だった。おお、初恋の彼女はいずこへ…。

 この時わたしは、これが「地域ごとの気候の違い」というものか、と悟った。旅行をした8月のシドニーは冬でとても乾燥していたのに対し、日本はとても暑くて湿度が高かった。湿度が高いと香りが強く感じやすい環境だったのだ。

 そういえば私の母も、新婚旅行のイギリスで食べたソーダパンが素朴な美味しさで、帰ってきて日本で作ってみたが同じ味はしなかったと言っていた。

 日差しや湿度、山あいか海沿いか、都会か田舎か、どんな植物が育っているのか、どんなものを食べるのか。そういった、一個人では変えようのない、地域を包む空気みたいなものが、私たちの感性に大きく影響を与える。そうしたコミュニティレベルの経験が歴史の中で堆積し、エッセンスなって文化的価値観を形作ってゆくのだ。


 そしてこの気候・文化の独特の味付けが、国々のクラシカルなファッションの根底にあるのだと思う。


 たとえば、フランスのクラシカルなファッションは、どことなく生クリームやバターっぽい。油彩の白が混じったような色味が多く、透明感というよりは濃厚さが美の基準にある。
 暑さ寒さがゆるやかで、過ごしやすい国でもあるフランスの文化は「複雑さ」がひとつのキーワードだ。

 フレアデニムや小花柄のブラウスなどベーシックなアイテムを使うのに、どこか跳ねっ返りや気まぐれが潜んでいるディティール。大きく開いたVネックや膝まで入ったスリットからは、小麦色に焼けた素肌がなんとも艷やかで、見ているこちらがドキドキしてしまう。また、ポリエステルににプリントされた色とりどりのワンピースは、南フランス産の花を並べた花屋さんの軒先のようでもある。

 単純に入り組ませるのではなくて、どこかに謎をひそませたファム・ファタール的な要素があるのだ。


 その点、イタリアのファッションは思いの外あっさりしている。
 白いシャツにデニムにサンダル。以上!という感じで、ワンピースを着ても生成りやベージュのごくシンプルなフレアシルエットが多いようだ。地中海気候に合わせて、素材は風通しがいいコットンやリネンが定番になっている。その分ベルトやサンダルには上質な革が使われており、太陽の日差しを受けると服の白と小物の茶色がコントラストとなり美しい。

 シンプルで無駄がなく、それが一番着ているひとの良さを引き出すようなデザインの服が多い。コーディネートもそれに合わせて、ゴテゴテ付け足したりはしない。

 その歯切れのよさが、オリーブオイルのフルーティーな香りを思い起こさせる。人の身体を礼賛し、真っ直ぐで開放的な空気をまとった取り合わせと言えよう。

 他方、イギリスでは重さを感じるスタイルが多い。
 色は曇天を移したようなグレーやモスグリーン、ブラウンなどが基本で、差し色もチェリーレッドやベージュなどディープトーンが基本になっている。素材はウールやレザーなど重厚さがあるもので、他の国へ行けばきっと服だけが暗く見えかねないのだけれど、イギリスの雨の中ではそれが深みとなる。新しいものを追い求めるより、よいものを長く大切に使う考え方の人が日本より多い気がする。

 イギリスのクリスマスプディングによく使われる、スエットという牛脂(もしくは羊の脂)のこっくりとした風味がぴったりだと思う。
 伝統的で上品な中に、知性や意思の強さや意思を併せ持つスタイルだ。

 

 では、日本はどうだろうか?
 わたしは、他の国と比べて日本のファッションを見る時「出汁っぽいな」と感じている。
 日本だけ脂じゃないね、と思われるかもしれないが、海外での油脂の使いようと言ったらほぼ出汁である。イギリスのフードライター、レイチェル・クーが料理中に「バターは何でも美味しくする!」と言って日本では考えられない量を投入していた。脂を入れることで旨味を出す、という発想が西洋料理にはある。

 日本でもとんかつや天ぷらを食べるが、伝統的に料理の旨味づくりに使われてきたのは出汁である。鰹や昆布、椎茸、煮干しなど、地味だけれど風味を大きく左右し、通奏低音となって料理を支える役割を果たしている。
 
 例えば日本の服には、鮮やかな色が少ない。(今年はトレンドなので比較的多いけど。)少なくとも全身ビビッドカラーの服を着た人は、街中で殆ど見かけない。日本では「やりすぎない」「派手すぎない」がキーワードになっており、くすんだ色やモノトーンのコーディネートが多いのだ。
 江戸時代には「四十八茶百鼠」といって、茶色と鼠色のバリエーションがとても多かったそうだ。倹約令に端を発した流行とはいえ、やはりナチュラルなものが人工的なものより好かれるという文化的背景はあるだろう。
 
 私たちは一番華やかなものより、何種類かの出汁を組み合わせたような雑味のないレイヤードスタイルが好きである。そしてよく流行りものに飛びつき、組み合わせをあっちこっち試すのが好きなのである。


 こんなふうに、人々の暮しには各地域の文化や風土が息づいている。

 それは、ネット上で世界中の商品が手に入るようになった現在でも変わらない。

 パーソナルカラーや流行に合わせて服を選ぶのも楽しいが、国や地域を意識してものを見てみるとまた面白みがあると思うので、ぜひおすすめしたい所存だ。

 わたしのフランスかぶれのファッションも、今夏いっぱい続くだろう。



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