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きょう心にしみた言葉・2024年4月10日

呼ばれた時、それは彼女を確認してくれる言葉ではなく、彼女の存在を否定する言葉、何か文句を言われて叩かれる、その始まりの言葉だった。緊張と恐怖を呼び起こす言葉を介しては愛情は生まれない。彼女は、家、学校、社会の中でいつも宙に浮いている存在、透明人間だった。

「消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ」(高橋和巳・著 筑摩書房)

精神科医の高橋和巳さんは、親から虐待を受けて育った人たちの心の治療にあたってきました。著書「消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ」には、虐待を受けた人たちの壮絶な苦しみと、そこから立ち直っていく過程が感動的に描かれています。虐待を受けた人たちの多くは、自分を責め、自分を追い込んで苦しみ、そこから逃れるために「死にたい」とは言わず、「消えたい」という言葉を口にするといいます。高橋さんは、「死にたい」には無念さや怒り、怨みが宿っているのに対し、「消えたい」には淡い悲しみだけが広がっていると指摘します。

冒頭の言葉は、高橋さんの治療を受けた37歳の女性が語ったものです。この女性は、「透明人間」だった自分を見つめ直し、心の健康を取り戻していきます。その体験を次のように振り返ります。

「カウンセリングを受けて、自分が小さい頃に母から何の愛情も受けてこなかったことを知った。だから、自分が消えてしまいそうなのだと分かった。分かってよかった、
 生まれてからずっと『消える』とか『自殺』という言葉が襲ってきて、脳をむしばんできた。40年、その言葉を抹消できないでいた。今度こそ、その言葉を抹消したい。
 自分を確認できるのは他人とのつながりがあるから、それがないと自分が消えてしまう。
 これから人とつながれるようになれば、自分が消えるとか、自分を見失う、ということは起こらないはず。そう思えるようになった。少し明かりが見えてきました」

52歳の女性は「私には過去がない。それを返してほしい」と訴えました。この女性も、「透明人間」のように自分の存在を消して生きてきました。それが「過去がない」という思いにつながっていたのです。カウンセリングを通じて、彼女はそれに気づきます。

「先生は淡々と、そんな決定的なことを私に言いました。
『虐待』『自我がない』『宙に浮いた存在』、その三つの言葉がはっきりと頭に残りました。
 帰り道で、私は何度も一人でつぶやいていました。
『いない』ということが、『私がいる』ということだったんだ。
 そうだ、いない、ということが、いる、ことだったんだ・・・。
 いない、ことが、いる・・・。
 小学生の時、ずっとみんなと一緒に同じ教室にいたけど、いなかった。それがありありと分かりました。
 長い間の疑問が解けて、すっきりしました。何か心のどこかで笑みがこぼれたような、軽くなったような、変な感じがします。

   高橋和巳さんは、こうしたカウンセリングを通じて、虐待された人から多くのことを教えてもらったと言います。
 そして、最初に教えてもらったことは、人生の幸せは、三つのことを実現できていればいい、ということだそうです。
 それは、
 ①美味しく食べることができる
 ②ぐっすり眠ることができる
 ③誰かと気持ちが通じ合えることができる

 苦しんだ日々から導かれた幸せは、より尊く、深く、広いと思います。

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