第2章:学習管理プロセスの定義と実装
本記事は、「誰でも合格る!学習管理システムの構築と運用」の第2章である。
親記事は以下を参照:
第2章では第1章を受け、学習管理プロセスとそれを支援するソフトウェアの構築と実装の方法を検討する。
学習管理プロセスの全体像
課題に対する対応策
第1章で述べた課題に対する対応策は、学習管理のためのソフトウェア上で全ての学習単位を一元管理する、というものである。
「一元管理を行う」というのはよくあるありふれたアドバイスである。
「学習管理のためのソフトウェアを活用する」というのもよくあるありふれたアドバイスである。
しかし、すべての学習要素を学習管理のためのソフトウェアで管理するというのはあまり実践例を見かけない、本記事群のオリジナリティある提案と考えている。
以下に、それぞれの課題に対する対応策の効果を挙げていく。
学習媒体が冊子/電子ファイルの別、テキスト/レジュメ/答練の別、印字/講師の指示の書き込み/自分の理解のメモの別、など複雑で多様であり、方針を決めないと管理が破綻する
→学習媒体に記載された学習要素を全て学習管理ソフトウェアに登録するため、学習内容の検索時間が削減され、紛失のおそれもなく、本棚も整理しやすいなど、管理しやすい。
学習媒体が物理的存在である場合、いつでもどこでも学習するのに支障を来す
→学習管理ソフトウェアに登録するため、iPadなどのタブレット端末があればいつでもどこでも学習できる。登録内容によってはスマートフォンでの学習も可能。
科目の枠の中で第1章から順に学習を進行させる場合、優先度順に学習単位の定着を図るのが困難である
→学習管理ソフトウェアに登録時にABCの順などのメタ情報を付与したり単語帳単位で管理できるため、優先度順に学習を進めるのが容易となる。
学習単位の最適な復習タイミングの把握が困難なため、復習不足か過度の復習が発生してしまう
→学習管理ソフトウェアが学習要素ごとに最適な復習タイミングを提示してくれるので、効果的かつ効率的。
学習状況の監視にコストがかかるため、監視自体を諦めてしまう
→学習管理ソフトウェアが学習要素ごとに学習時間や正答率を計算し統計機能で表示できたり、Excelで作成した集計表と連携させることで学習状況のリアルタイムなダッシュボードを瞬時に作成できる。
「学習管理のためのソフトウェア」としてAnkiを使用しているため、以降はAnkiとして表記する。Ankiの使用方法は後述する。
使用するデバイスは、ノートパソコン1台と、iPadなどのタブレット(できれば2台)を用いる。デバイスの代金に加えて、上述したAnkiのiOS版は4000円かかるが、Android版では無料である。
学習管理プロセスの全体像
上記の対応策をベースとした学習管理プロセスの全体像を以下に示す。なお、角丸白抜四角が活動内容、二重線四角が自動的に行われる活動、矢印がその順序、点線矢印が情報の流れを表している。
学習管理プロセスはざっくり3つのサブプロセスに分かれる。初回学習プロセスはいわゆるインプットに相当するもので、学習要素をはじめて学習するプロセスである。想起訓練プロセスはいわゆるアウトプットに相当するもので、学習要素の想起や問題演習による学習要素の当てはめ練習を行うプロセスである。学習状況監視プロセスは学習時間や正答率などを適宜モニタリングするプロセスである。
初回学習プロセス
初回学習は3つの活動から構成される。これらを目標とする講義視聴が全て完了するまで繰り返すこととなる。
①視聴
講義を視聴する。
ここでは配信された講義をPCなどのデバイスで視聴することを前提としている。教室で講義を受講することは、コミュニケーション面でのメリットはある。しかし、本稿で詳述する学習管理においては推奨されない。Ankiに学習単位を登録したり、講義を聴いて意味や他の学習単位との相違を考えるなど、学習には時間が掛かるが、教室でのリアルタイムな受講はそうした時間が取れないためである。
視聴するコマ数は、予め計画を立てて決めるのが一般的だろう。しかし、この「①視聴」の数が後述する「④QからAを想起」の活動時間に影響を与えるため、④の状況を無視して①の視聴コマを増やしすぎると一日の勉強時間で④が完了できない状況となる。Ankiは、復習されなかった単語カードは翌日に繰り越されるため比較的計画が破綻しづらい設計となっているが、それでも未復習のカードが蓄積するのはうんざりするだろう。トップダウン的に①の数を決めるのは避け、④の状況を考慮しつつ大まかな①の数を決定する要領ですすめるのがよいと思われる。
また、一コマが60分やそれ以上にわたって展開される場合もある。しかしそれは講師/教育サービス提供側の都合であって学習者の立場からは長すぎると感じるときが多い。この初回学習プロセスは、一論点(もしくは一例題)ごとに行うくらいの粒度で捉えるのがちょうどよかった、というのが学習を終えた素朴な感想であるが、この点は学習者の理解度にも依るのでなんとも言えないかもしれない。理解ができないまま多くの論点を聞き流しているようであれば、急がば回れ、という諺を思い出されたい。
②学習要素をQA形式でAnkiに登録
講義を視聴しながら、学習要素の登録をAnkiで行う。
「QA形式」と小見出しに記載したが、QはQuestionのQと捉えても良いし、cue(手がかり、きっかけの意味)と捉えてもよい。Answerには、第1章で説明した学習要素を登録する。学習要素、つまり計算科目における例題そのものでもよいし、まとめ表でも良いし、自作の語呂合わせでもよい。QをFront部に表示させ、それを手がかりにBack部に記載したAnswerを想起するのがここでの活動である。
たとえば計算科目の場合、テキストには例題が多く掲載されてる。講義で一通り例題の説明が終わったら、当該例題をAnkiに登録する。例題の問題はFrontに登録し、例題の解答・解説部分をBack部に登録する。
私の場合は、提供されているテキストのPDFファイルをiPadのアプリ(私はNotabilityというアプリを使用していたが、GoodnoteなどPDF閲覧アプリはたくさんあるため何でも良いだろう)で開き、問題部分と解答解説部分をそれぞれスクリーンショットを取り、Ankiにペーストした。スクリーンショットは、物理ボタンで取得するのはやや面倒であるので、AssistiveTouchを用いてタップでスクリーンショットを取得できるように設定した。また、アプリを切り替えるのが面倒なので、アプリを分割して2画面表示で作業を行っていたが、複数のiPadでコピーした内容が同期できることを後で知ったため、スクリーンショットを取る用のiPadとAnkiに登録する用のiPadの2台で作業した。
講義によっては問題部分に講師が書き込みを行うので、事前にまとめて例題を登録しておき、受講時の書き込みはノートアプリに反映させ、別途そのスクリーンショットを取得し、回答部分に追加するなどの運用を行う。
理論科目など、暗記箇所が明示されている箇所についても登録する。最終的には項目名を見て暗記箇所をすべて再現するような強度の想起をしたいところであるが、初回学習時からそれを目指すと挫折を招きかねない。たとえば太字箇所や講師が強調した箇所をペイントアプリで黒く塗りつぶし、黒塗り付きのものをFront部に、なしのものをBack部に登録するようにする。
講師が黒板に板書する場合もあるが、それもそのままスクリーンショットを登録する。
講義以外でも、YouTube等で有益な情報が提示される場合があるが、迷わず登録する。
短答式試験の際は、一問一答の類を登録した。PDFファイルからExcelなどもとのファイルに復元してインポートするなど手のかかることを行ったこともあったが、最終的には、問題と答えのスクショを貼り付ける手段を取った。Web形式で提供された場合は素直にテキストをコピペした。
自分で作成した学習要素も登録する。たとえば語呂合わせなどである。
以上のようにAnkiに学習要素の登録を行う。
注意点としては、回答に時間がかかるものを登録すると、次の想起訓練の際の、特に心理面での障壁となる可能性があるため、最大でも10分程度で想起がおわる粒度で登録すべき点が挙げられる。計算科目でいうと、通常の例題は実際に解いて10分程度で完了できるものが多いため問題ないが、まれに多くの論点を詰め込む例題があるため、その場合は同じ例題で複数カードを登録し、想起する論点を分けるような工夫が必要となる。また、答練などで出題される計算科目は10分程度に粒度に切り出すことは困難な場合もあるため、Ankiでの管理を断念する割り切りもあってよいだろう。
なお、多くの論点や例題にはABC等の優先度が付与されている。「タグ」機能を用いて分類しておくと後で管理しやすい。Deckで優先度を管理する方法もあるが、Deckを再編成したくなったときにどの学習要素がAだったかなどの情報がなくなってしまうため、タグで学習要素自体に書き込んでおくのもよいと思われる。
その他、技術的な留意点を2点掲げる。
ここまでテキストなどをPDF等の電子ファイルで提供されている前提で記述している。テキストが紙媒体のみの場合は、裁断機とスキャナを購入し電子化する必要があるが、テキストがバラバラとなり、また作業に時間もかかるため、そこまですべきとまではなかなか言いづらいところである。予備校により電子教材の提供状況は異なると思われるため、入校の際には確認されたい。
上記方法でAnkiを使用すると、多くの画像ファイルを用いるため、よくあるAnkiの使い方と比較すると、容量が大きくなり、同期に時間がかかる。筆者の環境で言うと、ファイル数は3万程度、容量は2GB程度であったため、スマフォなどの容量を確かめてもらいたい。同期は基本的には差分のみの同期となるため多くの学習要素を登録したとしても数十秒から数分が目安であるが、場合により全ての要素を同期(フルシンク)する場合には、十数分かかることもある。
③初回復習
Ankiに登録した直後に一回目の想起を行う。ここで問題ない場合は通常翌日にAnkiで出題され、以後3日後、7日後、21日後などと出題間隔を延長させながらAnkiが出題日を管理することとなる。逆に想起が不十分の場合は「もう一度」ボタンを押すことで、直後、翌日、3日後、というサイクルで出題される。
例題などは、講師の説明を聴くとわかったつもりになるが実際に解いてみると解けない、ということも多い。その場合はこのタイミングで再度説明を聴き直すべきだろう。時間が経てばわかるようになる、ということは、ほとんどないからである。
また実際に解いてみてわかるポイントや気付き事項なども出てくる。その際は登録した単語カードに書き込んだり、気づきポイント自体を単語カードとして登録するなどする。
なお、優先度Aのものについては、基本的には理解したいところであるが、Bについては、時期にもよるが、再度視聴しても理解できないのであれば諦めるという判断もあってよいだろう。講師やチューターに質問するという方法もあるが、講師がこれでわかるだろうと判断して行った説明を聞いてわからなかったものを同じ講師であれ別の講師であれ質問して理解できるかといったら、理解できるかもしれないが、理解できないかもしれないからだ。とはいえこうした論点も、他の論点の理解に伴い理解できるようになる場合もあるため完全に切り捨てるのではなく、ペンディング用のDeckを作成しそちらに退避させておきたままに見返す、といったやり方も検討されたい。
優先度Cについては、はじめから切り捨ててもよいだろう。私の場合は、植田講師が講義内で、時間がない人も財務だけはCまでやっといてもええんやないかなあ、という旨を述べていたためそれに従った。
想起訓練プロセス
次に想起訓練についてである。2つの活動からなるが、これを復習期限が到来した学習単位分繰り返す。毎日行うプロセスであり、学習期間全体を通じて行うものである。
④QからAを想起
Ankiは出題間隔を自動で管理し、期限が到来した単語カードのみを出題する仕組みとなっている。
毎日の学習は、まず復習期限が到来した単語カードに対して、Qが書かれたFront部を見てBack部に記載されたAを想起できるかいなかを確かめることからはじまる。①で述べた通り、①の量が本活動に影響を与えるため、まず本活動を行い、あまった勉強時間の枠内で①の視聴を行うといった配分ですすめるのがよい。
計算科目の例題については、必ずしもすべて実際に解く必要はない。何度か手で解いてみて問題ないようであれば、次回以降は目で解くようにする。目で解くとは、当該例題について想起すべき論点のまとめや下書きなどを想起するというもので、これができると例題を高速で回転できるようになる。ただし、再度手で解くと解けなかったり誤解があったりすることもあるため、たまに手で解くことを含めるなどしたい。
当該単語カードの学習履歴を確認したいときもあるだろう。標準機能では学習履歴を追うのに何手番かかかるが、Ankiには様々な機能を別途Addonとして配布されているため、これを利用して学習中に履歴を確認できるようにすることができる。私はdeck and card info sidebar during reviewを使用していた。
②においてはパソコンを使用することが多かった(例題の登録を除く。例題は、縦長のものをそのまま登録する関係でiPadでのスクショ登録作業が適していた)が、④についてはiPadを利用することが多かった。iPadを書見台に置き、ノートとペンと電卓を使って想起を進める。喫茶店や自習室で学習する際も荷物が多くないのが便利であった。
理論科目などでは電車や寝床などでも学習が進められるため、いつでもどこでも学習が進められる。特に学習期間において腰痛が激化した際には寝っ転がりながら学習を継続できたのがよかった。
また、Ankiは上位の単語帳を指定すると下位の単語帳をまたがってランダムに出題させることができる(Anki2.1スケジューラーをオンにする必要がある)。これを利用すると、科目の違いを無視して想起訓練が進められる。これを行うと、飽きないというメリットもあるし、科目による学習時間の偏りを発生させないメリットもある。
論文試験の対策では、基準集を辞書代わりに用いるため、科目が切り替わることが逆に面倒になることもある(租税の基準集を引いた次に監査の基準集を、次に企業法の基準集を引く、のように基準集をいったりきたりする)。短答式の試験では、徐々に科目の枠が融合して、今自分が一体何の科目を勉強しているのかわからなくなる感覚も起こった。飽きを生じさせない点では魅力的ではあるが、学習初期には逆効果を生じかねないので時期に応じて試してみるのが良いだろう。
⑤気づきを登録
④を進めるうちに、従来想起できていた内容が正しく想起できないことが出てくる。単純に忘却したものかもしれないし、別の似た概念と混乱したのかもしれない。こうした気付きがあればAnkiに登録すべきである。
学習中の単語カード自体に「編集」機能を用いて追記する場合、それまで学習していた時間がリセットされてしまうため、それが嫌な場合はいったんマークやフラグを付けてのち想起結果を確定させたあとに、「検索」機能から単語カードの一覧画面を表示させて当該マーク/フラグで検索してメモを書き込む。また、その気づき自体を単語カードとして登録するのもよいだろう。
類似した概念を区別するためには比較した対応表などを自分で作るのもよい。単純に暗記が必要であるにもかかわらず暗記できない場合は語呂合わせを作るのもよい。この点については別の章で研究することとする(第4章、第5章)。
このようにして、学習媒体だけではなく学習要素についてもAnki上で一元管理をすすめていく。なお、試験直前に見返したいような情報量が圧縮された/学習要素が構造化されたカードなどについても、別途タグなどをつけておき、すぐに検索できるようにしておくとよい。
⑤については以上となるが、この活動が学習において重要であると感じる。ナレッジマネジメントにおける暗黙知から形式知を創出する活動であって、この活動量の多寡が成績の高低となって現れるのではなかろうか、と思うところである。
学習状況監視プロセス
⑥集計&⑦状況確認
学習時間や正答率などモニタリングを行いたい項目については集計を適宜行う。Ankiは標準機能で統計機能がついているため、ある程度はこれを用いて自身の状況を把握できる。
この情報でも十分モニタリングに役立つと言えるが、たとえば、時間ごと科目ごとの学習時間数をリアルタイムに補足できれば、強い動機付けになるが(「午後10時台は55分勉強できた」、等)、そうした情報はここからは取り出せない。
第3章で詳述するが、ExcelでPowerクエリを用いて、Ankiが内部的に使用しているデータベースであるSQLiteに接続する方法で学習履歴を取り出し集計表やグラフに表現することができる。
このような情報を活用し、自分自身の動機づけに役立てたい。また、間違えた回数の多寡などを確認し、再度学習し直すか相性が悪いためペンディングするかを判断するなど、対応策を練りたいところである。
終わりに
Ankiの導入方法
Ankiはもともと英語学習界隈、また医学系学生界隈ではよく知られたアプリであり、導入方法についても多くの方が記事をすでに作成しているため、詳細はそちらにゆずる。たとえば以下の記事はわかりやすいように感じる:
英単語の暗記と学習単位の暗記は似ているが、一つ一つの重要度が異なる点が異なると考える。前者の場合は、それがどんなに頻出単語であったとしても、最悪暗記できなくとも文脈などでなんとかなることが多く、質よりも量で清濁併せ呑むように学習を進めるのがよいように感じるが、後者の場合はもう少し質的に重要であることが多い。この点が、資格試験対策としてAnkiを使う際のストレスになるかもしれない(たとえば何度も間違えるカードは学習するのは無駄であるとしてleechというタグが付与され出題されなくなったりする。想起が成功した場合の出題頻度の間隔の伸長の速度も、学習要素の複雑性を考慮すると少し速すぎるようにも感じる)。学習に慣れてきたら設定のカスタマイズを考えてもよいだろう。
Small Start, Quick Win
ここまで学習管理プロセスの全体像を述べてきた。これにより様々な難点が解決されるため最良の方法の一つであると考えているが、必要なデバイスが多く、純粋な勉強とはみなせない作業時間も多いなど(例題を登録する作業が、特に解答が数ページに渡ると負担が高い。もっとも、テキストにマーカーを塗る作業は行わなくても済むが)、この方法を全面的に採用して学習を進めるには心理的な障壁が高いと思われる。
ここまで読んで、この方法でやってみようと無邪気に信じた方には申し訳ないが、本当にこの方法で良いか、ちょっと考え直してほしいとさえ思う。
この点、勉強法を披露することは「他者の人生を歪めるリスクも伴う行為」であると表現するはちけん氏の記事が参考になる:
Ankiはもともと単語帳カードアプリという位置づけのものであり、いわゆる一問一答形式の学習と親和性が高い。これは、短答式試験よりむしろ一部の論文式試験(経営学の経営管理分野など)の科目のほうが導入しやすいかもしれない。
このように、導入しやすい科目から導入し、効果が感じられるようであれば徐々に他の科目に広げていくやり方がよいと思われる。効率を考えると、最初にすべての例題を登録するといった方法も考えられるが、自分にふさわしくない方法とやってみて初めて気づくこともある。Small Start, Quick Win、という言葉があるが、まずはちょっとだけやってみてすぐに成功体験を得る、それによって動機を高く保ちながら次のステップに進む、という要領ですすめるのがよいだろう。
第3章(学習状況のリアルタイムモニタリング)は1月上旬に公開の予定です。
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