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【閑話休題#27】谷崎光『中国てなもんや商社』

こんにちは、三太です。

吉田修一作品に出てきた映画をこれまでずっと見てきているのですが、実はいくつか作品に登場したのに見られていないものもあります。
おそらくもう10作品ぐらいそんなものがたまってきました。
なんとか手に入れて見たいなと思っているのですが、まだ見つけられていません。
そんなものの一つに映画「てなもんや商社」があります。


実は「てなもんや商社」は吉田修一作品で2度出てきました。
そして、その記述からは吉田修一さんのこの作品に対する並々ならぬ思い入れも感じられます。
これはなんとか見たい・・・。
けれども少し調べてみるとDVDになっておらず、VHSしかないようなのです。
そこで、今回は原作である谷崎光『中国てなもんや商社』を読んでみることにしました。

『7月24日通り』の文庫解説には次のような記述がありました。

こんな胸キュン物語を描いたのが、吉田修一氏だとは、驚く人も多いのでは。恋人に本気で豆を投げつけるイヤーな男(『熱帯魚』収録の「グリンピース」)を描くような作家である。だけど何度も取材してきた中で、その女性観に「ほお~」と思ったことがあったのは確か。例えば、リーズ・ウィザースプーン主演の『キューティ・ブロンド』の話をした時、彼は真っ先に脇役ポーレットを演じるジェニファー・クーリッジに言及して「僕、あの人好きなんです」と言った。主人公を助けるハデな美容師を演じるジェニファーは、コメディに多数出演している迫力ある顔つきのオバチャン。かなりいい味を出しているけれど、彼女に着目する男性って、なかなかいないんじゃないだろうか。先日、某雑誌の取材で女性読者にすすめる映画を挙げてもらった時は、テーマを「強い女は美しい」と設定、ジュリア・ロバーツ主演の『エリン・ブロコビッチ』、コン・リー主演の『秋菊の物語』、小林聡美主演の『てなもんや商社』といった、奮闘する女性を描いた作品を挙げていた。クールな眼差しのまま「”女の武器”を使う女の人って嫌いじゃないんです」とも発言していたな、たしか。

『7月24日通り』(pp.213-214)

これは書評家の瀧井朝世さんの解説です。
『7月24日通り』の中に出てくるというよりも、吉田修一さんの女性読者にすすめる映画の一つとして出てきます。
ここから少し吉田修一さんの好む女性像みたいなものが見えてきます。

そして、もう一つは『あの空の下で』に出てくる次の記述です。

ラオスという国を意識したのはいつごろだったろうか。記憶を遡ってみると、もう十年近くも前になるが、『てなもんや商社 萬福貿易会社』というコメディ映画があり、そのラストシーンで耳にしたのが最初だったような気がする。
この『てなもんや商社』、個人的にはとても好きな映画で、中国関連の貿易会社に就職する主人公に小林聡美さん、中国人の上司役に渡辺謙さん、その妻に桃井かおりさんと、今思えば、かなり豪華なキャストだった。
中略
この映画のラストシーンで、渡辺謙さん演じる王課長が、「そろそろ中国の方々も商売のやり方を覚えました。今度はラオスに向かいます」というような台詞を言うのだ。

『あの空の下で』(pp.174-175)

これは「ルアンパバン」というラオスの地名がタイトルとなったエッセイの一節です。
この映画で初めてラオスを意識したというところからエッセイは始まります。
そして、この記述から「てなもんや商社」への思いが伝わってきました。
ということで、せめて手に入りやすい原作だけでもということで読んでいきます。

目次

本書は中国と日本の会社をつなぐ商社で働いた谷崎光さんのノンフィクション作品です。
主に谷崎さんが商社に入社して働き始めたときの数年間が描かれます。

まず描かれるのがタフな中国人
宴会の席にしろ、交渉の席にしろ、したたかでたくましい中国人の姿が描かれます。

そして、商社でともに働く人達
王課長、岩田部長、張課長、徐さん、周さん・・・。
もちろん谷崎さんはじめ日本人もいるのですが、ここでも主に描かれるのは中国人です。
それぞれ個性的で一筋縄ではとらえきれない人間性が魅力です。
いや、魅力とポジティブな言葉を使って形容していいのか悩むほど、多面的です。
会社でのクレーム対応や中国への出張などを通して、たくましく成長していく谷崎さんの姿も魅力的な作品です。

文庫の裏表紙にある解説を引用します。

ほんの腰掛けのつもりで入社した大阪の貿易商社で中国を担当したところ、首の入らないTシャツや開かない傘を送ってくるから大変。クレームをつけても相手は馬耳東風。華僑の上司にしごかれ、一人、中国に出張し格闘しつつ見えてきた日中ビジネスの深い闇と希望の日々を赤裸々に描く爆笑ノンフィクション。解説・田辺聖子

感想

本書の単行本は1996年に発行されています。
現在から遡ること27年になります。
この時間差から感じたのは、今ならこの商社はいわゆるブラック企業で、他にもセクハラやパワハラがあり大問題になっているのではないかということです。
例えばブラック企業ということでいうと次のような記述があります。
初めて上司となった王課長との最初のやり取りです。

「仕事は僕が教えます。残業とかはできるの?」もちろん残業はしたくない。
「あまり遅くなるのも・・・。」
「じゃ、毎日少しずつ遅くしていきましょう。オウチの人も慣れますから。それと、有給休暇はできるだけ取らないでね」
「はあ」
「一度聞いたことは、絶対に二度聞かないこと」「はあ」
「まず、全商品の契約番号と取引先覚えて。仕事中は忙しくて無理ですから、家帰ってからね。で、お風呂に入っているときも頭の中で復習する」
「は、はあ」
「あなた、僕のとこにこれてラッキーね。僕、社内で一番暖かい上司です」
なんだかそうは思えない。あたりに暗雲が立ちこめてきた気分だ。

『中国てなもんや商社』(p.33)

もうこれは今なら色々とアウトな気がします。
残業ありき、有給はとるな、家に帰っても仕事しろ・・・
けれども、谷崎さんは弱音も吐きつつ、しっかりと働いていきます。
そうさせているのは何なのか。
私が思ったのは、王さんなども実はそうなのですが、周りにいる人間がそれ以上に働いていて、そして仕事としてだけでなく、人間として接してくれるからなのかなということです。
また王さんは憎めない愛嬌があり、魅力的な人間性も持っています。
クレーム対応にも一緒に向き合ってくれ、上司として最後まで責任を取るという使命感もあります。
常に移動中も仕事をしています。
実際に王さんについては「第三章 上司は華僑」で一章を割いて記述されています。
王さんが家に読んでくれて手料理をふるまってくれるくだりなどはとても良い感じです。
このような人達がいることがこの時代のこの働き方を支えていたのかなと。
大変だけれどそれはそれで楽しいというような。(決してこれを肯定するわけではないですが・・・)
時代の違いを感じましたが、この時代にはこの時代のやり方がきっとあったのだろうなと今から読むと感じられる作品でした。

 また、王さんは本書の中で「パンダ」と形容されるような体格をしています。

色が白くて、でっぷりと太っている。背は百八十センチ近くあるだろうか。彼がいると、そうでなくてもせまい会議室がいっそうせまく見える。お腹が出ていて、ケンタッキーおじさんのアジアバージョンといった体格だが、目付きが鋭くてなんとなく恐い。

『中国てなもんや商社』(p.32)

その王さんを、吉田修一さんの映画解説によると、渡辺謙さんが演じています。
なんかギャップが感じられ面白かったです。
眼光鋭い感じは確かに謙さんありだなと思ったのですが。

 ただ、一人の女性社員の奮闘記として読むだけでも大変楽しめる作品で、自分も初任の頃のあれこれともがいていた頃のことなどを思い出しながら楽しく読めました。

パンダ課長24時間玉の汗

今回は『7月24通り』の解説、『あの空の下で』のエッセイに出てきた映画「てなもんや商社」の原作・谷崎光『中国てなもんや商社』の紹介でした。

 ヴァイタリティ溢れる国のエネルギーの一端に触れ、色んなことに対してもっと積極的に行動していけそうな気持ちになれました。
吉田修一さんの好きな作品の雰囲気もつかめて良かったです。

それでは、読んでいただき、ありがとうございました。


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