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The First Chinese American

 このところ、米国ではアジア系に対するヘイトクライムが急増している。米警察に報告のあったヘイトクライム件数は、全体として2019年の1,877件から2020年に1,773件に6%減少する中にあって、アジア系をターゲットとするものは49件から120件と2.4倍に激増している。地域別では、ロス、ボストン、シアトル、サンノゼに多いが、ニューヨーク市が2019年比833%増と突出している。

 トランプ元大統領の「中国ウイルス」発言が直接のきっかけともされるが、最大の背景要因は人種構成の変化に見出すべき。米国のアジア系人口は2010年から2019年にかけて倍増、2,320万人に達した。その後も引き続き増加し、2040年に3,480万人、2060年には4,620万人に達するとも予測されている。ピュー・リサーチ・センターによれば、アジアからの流入で増加している移民とその子供は向こう50年間の米国の人口成長の大半を占めることになり、このペースで行くとヒスパニックを抜いて、2055年にはアジア系が米国最大の移民グループになるという(Asian Wall Street Journal  2015年9月29日)。

河野円香「米国内で勢いを増すアジア系―彼らと協力することの意義」2020

 このため、アジア系米国人の歴史を学校で教える動きが広がっており、アジア系の歴史を必修とする州も増えてきた。イリノイ州が2021年に州法として義務づけた後、ニュージャージー、コネティカットと続き、このほどニューヨーク市も2024年からすべての公立学校1600校で必修とする方針を決めた。そのニューヨーク市では、1990年に49万人だったアジア系人口は2019年で120万人に増えており、市内でアジア系を狙ったヘイトクライム(未報告分をも含む憎悪犯罪)でみると、2021年に1301件超と前年比4倍に増えているからだ。

その学習内容には華人排斥法や第二次世界大戦中の日系人の強制収容などが含まれるというが、その際、必ずや取り上げられるであろう人物が王清福(1847–1898)である。

 王清福とは、山東即墨生まれで20歳で渡米、サンフランシスコを中心に英語で活躍した作家、活動家であり、その数奇な一生を伝えるのがプリンストン、ハーバードで歴史学を修めたスコット・D・セリグマンによる労作「The First Chinese American」(香港大学出版局、2013)。セリグマンは北京語に堪能で広東語にも精通、台湾、香港、中国に8年間住み、「China Hand」としてのキャリアを持ち、主要著書に、Three Tough Chinamen、Chinese Business Etiquette、Dealing the Chinese、The Cultural Revolution Cookbook、Chinese at a Glance、Now You’re Talking Mandarin Chinese 等がある。

 そのセリグマン書が盧欣渝により『走出帝国:王清福的故事』(上海文化出版社、2021)として中国語に翻訳されている。

 19世紀当時の米国では、南北戦争を経て大陸横断鉄道の建設が始まり、ゴールドラッシュに沸くカリフォルニアを中心に清国から移住してきた中国系が労働力として多用されたが、アジア系の生活習慣、宗教などが欧米系住民とは異なることから偏見と差別の対象となり、中国人排斥や排日運動が起こった。華人排斥法(1882年)による市民権排除に対し、王清福は米国初の中国人有権者協会、華人平等権利連盟を設立し、1893年1月26日,議会でギアリー法(1896)への意見陳述するなど、米議会で証言を行った初の中国人となった。中国初の儒教の米国への宣教師であると宣言したのも王清福であった。

 原著タイトルにもある通り「中国系米国人」という語を最初に使用したのも、1874年米国籍を取得し、米国公民となった王清福である。19世紀米国の差別と闘った王清福は20世紀のアフリカ系を中心とした公民権運動の先駆けでもあり、華人世界のキング牧師ともいわれる。

 米中間の対立情緒が進行する中、先人の労苦と業績に思いを馳せる…...本書の中国語訳刊行にそんな狙いをみるのは穿ち過ぎだろうか。「古の先ゆく人の跡見れば、踏みゆく道は紅に染む」(新渡戸稲造)との謂さえ想起させられる所以ではある。                 

 その一方で、存在感を増す米国のアジア系人口の自己認識の内的構成は興味深い。傾向的には、自らを「エスニック系米国人」と捉える意識がエスニック集団への帰属意識を上回っている。自らのオリジン集団そのものへの帰属というより、その背景を持つ米国人だとの意識である。だが、インド系、日系あるいは中国系といったそれぞれの背景を「アジア人」という集団オリジンに総括する意識は低調であり、せいぜい「アジア系米国人」にとどまる。こうした一般的傾向にあって、やや特異なのが韓国系米国人の自己認識である。日系、インド系、中国系あるいはフィリピン系、ベトナム系とは異なり、エスニック集団としての韓国意識が「韓国系米国人」意識を上回り、また「アジア人」意識も「アジア系米国人」を上回っている。

 この韓国系の特異性をもたらすものはなにゆえなのか、日系のみがなぜ「モデル・マイノリティ」とされたのかも含め、しばしば指摘されるアジア系の分裂はなにゆえなのか…黒人系あるいはヒスパニック系の自己認識像との比較等々、検証すべきところは多い。                          [了]


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